2009年8月の記事

歴代「船頭小唄」

2009-08-21 金曜日

というわけで、日本のファド「船頭小唄」です。
ちょっと思いついたことがあり、時代や歌手によるテンポの違いを見てみました。

はじめのは大正の演歌師・鳥取春陽。大正12年(1923年)の録音。
野口雨情・中山晋平コンビの「船頭小唄」が発表されたのが大正10年なので、
その2年後の録音です。
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♪=90前後で歌い始めて、後半は♪=100近くまで早くなってます。
八分音符(♪)の記号しかないので、これを使ってますが、四分音符のつもりで読んでください。

次は佐藤千夜子。昭和初期(1930年前後)の録音と思われます。
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佐藤千夜子版は♪=110弱といったところでしょうか。
現在我々が持ってる「船頭小唄」のイメージからすると、
せわしない感じがあります。

次は森繁久彌。「船頭小唄」を現代に歌い継ぐ役割を果たした人物ですね。
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森繁版は緩急があって♪=60~70ぐらいでしょうか。他にも森繁版がアップされてますが、60台前半といったところで、佐藤千夜子に比べるとずいぶん遅いです。

次は石川さゆり。「津軽海峡・冬景色」でブレイクした翌年1978年の録音。
今回聞いた中で一番良かった。
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さゆり版は♪=80強。
森繁を除くと戦後はほとんどの歌手が80台前半で歌ってます。

で、これも叩いてもらいたい仮説なんですが――
おおざっぱに見て、初期の「船頭小唄」は♪=100前後で歌われてたのに、
戦後は80台にテンポが落ちている。
おもしろいと思いませんか。乗り物に代表されるように、時代が下るにつれて
生活のテンポは上がるもので、だったら歌もスピードが上がるのではないか。
同じ「船頭小唄」が、時代が下るに連れて遅くなってるのはどういうわけか。
仮説というのは、「歌いどころ、聞かせどころが見つかるにつれて、
歌い手がそれを捨てられず、すべて盛り込もうとするために、テンポが遅くなる」
というものですが、いかがでしょう。
反証は多いと思うので、そのへんもあげていただけるとありがたい。

おまけ。皆さんの好きなちあきなおみも歌ってます。
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香川有見 「難船」 NAUFRAGIO

2009-08-19 水曜日

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This Japanese Lyric by 香川有見 must be direct translation of Original song.

I love this singer, 香川有見 as well as Chiaki Naomi.

Both are different and both are special distinguished singers.

CRISTINA BRANCO : FADO !!! : a Minha Casa

2009-08-18 火曜日

CRISTINA BRANCO : FADO !!! : a Minha Casa

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ちあきなおみ、ファドを歌う

2009-08-17 月曜日

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In Portugal, people eat Yakizakana on Sumi-bi.
Lot of cultural similarities with Japan exist in Portugal.
I love Bosanova as well as Fado that came from Portuguese heart.
Chiaki Naomi and Fado! fantastic!!   Mapple

悲しみを悲しむことによっても生きがいが生まれる

2009-08-05 水曜日

すいません、某ブログとの二重投稿なんですが、よかったら叩いてやってください。

長調は正しい音楽で、 短調は邪な音楽ということが昔から言われてきて、 でも根拠が示されたことはない。 ただ言われてきただけ。
だけど、そう言われ続けてきたことに根拠はあるはずで、 思うに短調のほうがヒダが深くて、 分析しにくいからではないか。 理論化、 単純化、マニュアル化しにくいものは、 いけないものである、 という欧米人の価値基準がそう言わせてきて、 それが日本の音楽界にも入って、日本でもそう言われてきたにすぎない。 神の音楽と悪魔の音楽とでもいうか。 単純でわかりやすい快感をもたらすのが神の音楽である長調、複雑でわけのわかんねえ快感をもたらすのが悪魔の音楽である短調。 じっさい、 短調というのは油断がならない。短調慣れしてない人が無用心に接したりすると、 身も心も揺さぶられてどうしようもなくなったりする。そういう社会的健全さを損ないかねない危うさを邪としたのではないか。

作曲家の中山晋平が昭和の初めにこんなことを言っている。

一般の民衆が長旋法の方に、 もつと多くの興味と価値とを見出し得る時代が到来したならば彼等自身どれほど今日に比べて幸福であるかわかりません。 ただ残念なことには今日急にその時代を出現させやうとしても、 三年五年の間には到底望まれるべくもないことです。

昭和4年 (1929) に中山が書いた 「民謡作曲」 というエッセイからなんだけど、 この民謡というのは今で言う民謡ではなくて、 民間歌謡つまり歌謡曲・ポピュラーソングのことです。
で、中山晋平がどうしてこんなことを言ったかというと、 中山という人は東京音楽学校 (東京芸大) を出ている。 日本の音楽教育というのは、明治以来ヨーロッパの理論を取り入れて行われてきて、 ヨーロッパの価値観を受け継いでいる。 つまり長調を正とし短調を邪とする世界(アカデミックな音楽界) の一員でも中山はあったわけです。 いっぽうで中山は、 「船頭小唄」 とか 「波浮の港」 とか童謡 「砂山」とかの哀愁めいっぱいの曲で人気を得た作曲家なわけで、 アカデミックな方面に対する言い訳みたいな気持もあったのではないか。

時期はわからないが、 もっとあとになって中山はこんなふうにも言っている。

わたしが健康主義に反対するのは、 大衆の哀愁趣味に迎合するためではありません。 大衆は生活のなかにある哀感をうたってもらうことによって、かえって慰めを得ることもある。 つまり、 健康な音楽も大衆を勇気づけるであろうが、 悲しみを悲しむことによっても生きがいが生まれるのである。

園部三郎 『日本人と音楽趣味』 という本からの引用です。 著者への直話だという。 健康主義に反対などという正論は戦中には言えないから戦後の発言だろうが、 こちらの言い方のほうが力強い。 哀愁≒短調を積極的に評価してます。 「悲しみを悲しむことによっても生きがいが生まれるのである」 悲哀の価値をこんなに力強く言い切った例はめずらしいんじゃないか。