前から思ってたことなので、どこかよそでも書いてるはずですが・・・
青江三奈が死んだとき (2000年)、 テレビで彼女のヒット曲を時代順に流しているのを見て、 というか聴いて、 なるほどなあ、 三奈ちゃんでさえそうだったのか。 時代が下るにつれて彼女の唱法が演歌度を加えてゆき、 歌謡曲界の流れをコンパクトにまとめて見せてくれたようなメドレーでした。
歌謡曲の凋落は、 ド演歌化にあり。 80年代、 90年代というのは、 歌謡曲の歌い手がド演歌のタコツボにはまって、 歌の世界を貧しくしてしまった時代ですが、 青江三奈もその流れの中にいたんだと知って、うら悲しいものがあったわけです。
最近 yansu さんが某メーリングリストで紹介していた美空ひばりの 「悲しき口笛」 を聴いて、 やはり同じことを思いました。
こちらが、 ひばりデビュー当時のもの。
こちらが円熟期の 「悲しき口笛」。
(追記。 上のビデオがここでは聴けなくなりました。 YouTube でどうぞ。)
あとのほうが、 ねっとり演歌っぽくなってますね。 むしろこの曲なんかは、 粘っこさをそぎ落として、 もっと小ぎれいに、 もっとポップに、 都会っぽく仕上げて行っても良かったのではないかという気がするのですが、 ひばりが選んだ方向は逆でした。
円熟期といっても67年のものなので、 ひばりはまだ30歳前後ですが、 彼女はこのころから 「歌唱力のある歌手」 という売りを前面に押し出すようになっています。 歌のうまさを見せつける歌い方って、 聴き手の側からいえば嫌らしいものですが、 歌う側は気持ちがいいのでしょう。 この気持ちの良さが、 歌謡曲をだめにしてしまった一因ではないか。 というのも、 演歌は高度な表現力を求められる音楽でして、 ウナリとかコブシとか、 見せどころ、工夫のしどころがたくさんあって、 その工夫がうまく行ったときの「快感」 が、 多くの歌手を演歌的な表現に向かわせた要因だったろうと思うのです。 客を楽しませる歌唱から、 自分が楽しんでしまう歌唱へとでもいいましょうか。
歌謡曲が演歌・ド演歌に収斂していったもう一つの要因が、 「演歌は日本人の心だ」 といった言説でしょう。 今でこそセレブといえばまず芸能人を思ってしまうくらい芸能人の社会的地位が高くなってますが、 基本的には芸能は下賎ななりわいであって、 そういう立場にあれば、 「あんた、 日本人の心を歌ってるんだねえ」 と言われて、 つい嬉しくなってしまうことはある。 まったくの的外れな評価ではないにしても、 うっかり誉め言葉に乗ってしまったのが歌謡曲の不幸だったと私は思ってます。 晩年のひばりは、 自分のことを演歌歌手と称してました。 ジャズから江戸の小唄まで、 オールマイティの歌い手だったのにね。 彼女もまた、 「日本人の心」 なんていう甘言にはまって、 表現の幅を狭めてしまった一人なのだと思います。
自分のことを言えば、 演歌者です。 なにを歌ってもコブシが入っちゃうのが自分の歌い方のデフォルトだし、 北島三郎や都はるみが好きだし、 日本の歌謡史に太字で書かれるべき超一流歌手だったと思うし、 サブちゃんやはるみの歌を歌うのが好きだし、 歌ってて気持ち良いし、 ではあるんですが、 だからといって、 歌の世界がド演歌ばかりでは面白いわけがない。 歌謡曲が落ちぶれたのも当然だったのではないか。 というわけで、 今さらいってもなあ感いっぱいの80・90年代歌謡小史でした。 おつきあいありがとうございます。