ジャケ写で遊ぶ
2008-01-30 水曜日プレスリーになったつもり。

ジョンとヨーコのつもり。

LP のジャケットを使って本人になったつもりという遊びがはやってるみたいです。レコードプレーヤーは捨てちゃったけどレコードは残ってる 、何に使おうかなあというようなことでしょうか。
こちらの写真投稿サイトでたくさん見られます。
プレスリーになったつもり。

ジョンとヨーコのつもり。

LP のジャケットを使って本人になったつもりという遊びがはやってるみたいです。レコードプレーヤーは捨てちゃったけどレコードは残ってる 、何に使おうかなあというようなことでしょうか。
こちらの写真投稿サイトでたくさん見られます。
加州ラジオ草紙 からサッチモの記事を移しました。かなり感情移入してたから恥ずかしながらですけど・・
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ラジオからサッチモことルイ・アームストロングの歌が流れてきた。あのしゃがれ声で「What A Wonderful World」この素晴らしき世界を歌っている。ちょうど、最後のWhat A Wonderful Worldのところだった。
Wonderful..とていねい に、ゆっくりと言い聞かせるように歌い、そして
World...と、かるーく、ほそーく消えるように歌い終えた。
ニューオーリンズの極貧家庭に生まれ矯正施設でコルネットを学び、ジャズ・ミュージシャンへと成長していく。人種差別が公然と行われてきた時代。白いハンカチで汗を拭きいつも笑顔で演奏し歌うジャズアーティストは、黒人として卑屈だという批判を受けたこともあったそうだ。
キング・オリバーのバンドのメンバーを経て自分のバンド、ホット・ファイブを作り「Muskrat Ramble」でトップ・テン・ヒット。メイ・エイリックスと初めてデュエットし30年代から60年代と長い間ヒットを出し続けてきた。まさに20世紀のジャズの王様。「聖者の行進」「ハロー ドーリー」「バラ色の人生」数々の作品を残し「What A Wonderful World」も大ヒットした。
当時のアメリカ人 はただうっとりと、Oh, Yes! What A Wonderful World...とハニーと肩よせあって、偉大な白人の国アメリカが他の国を、他の人種を踏みにじっているかもしれないなどとは微塵も思わず、歌に酔いしれていた人もたくさんいたことだろう。
サッチモが 「What A Wonderful World」と歌う時、そんなことをうたっているのではない。もっと深いメッセージを送ってくれたと思う。
彼の道のりはけっして平坦なものではなかったはずだ。いやなことも頭にくることも、たくさんあったと思う。それにハンサムでもなかったし・・
それでもWhat A Wonderful World...と歌うのだ。
どういう時にかはわからないが、
青空を見上げてか、星空を見上げてか、「それでも悪いことばかりではないさ。すてたもんでもないさ、この世は・・」と、つぶやく・・・そんな経験をしたに違いない。
いろいろあるけど、何もかもひっくるめて、なんてすばらしいんだ。
そうだよ、君だって、貴女だって、何てすばらしいんだ。すばらしいんだよ、この世は・・・と歌ってるのだ、きっと。
だから彼のMusicは時代を越えて、痛みを知った人々の心を捉えてはなさないのだと思う。
「私には家もない。お金もない。教育もない。恋人もない...とないないづくしで始まり、
でも、私には手がある。目がある。足がある、心臓がある。肝臓もある...」という歌がある。
What A Wonderful World..の中でひときわ心をこめて
「..Wonderful..」と歌うサッチモの声の底から
「Igotta hand,..Igotta liver…」の歌が浮かびあがってきた。
ニューオーリンズといえば、ジャズ発祥の地。
クレオールにディキシーランドジャズ、ラグタイム。そしてサッチモ。
めっけましたよ、こないだ新橋を歩いていたら、街頭でCDやDVDを売っているスタンドがあったから
何気なく立ち寄って発見しました大昔のジャズの映画のDVD。
1947年に制作された「ニューオーリンズ」。500円。
なんと主演はサッチモことルイ・アームストロングと彼のディキシーのバンド。
そしてあろうことか、ビリー・ホリディだ!
さらに白人の癖に、ブルーズのクラを吹いたら随一だったウディ・ハーマン。
ラブロマンスのこの映画で、彼らは脇役ではあるが、
もう存在感がぜーんぜん違う。全編、サッチモのコルネットが、
あのタッタッターと歯切れいいサウンドで流れていて、ビリーと一緒に歌ってる。
以前ジャズドキュメンタリー映画で、ブルーズを歌うビリーを観たことがあるが、
映画にちゃんと出たのはこれ一作だという貴重な映像。
嬉しくって、楽しくって、観ていると、もう頬が緩みっぱなし。
やはり、ジャズが好きだ。ディキシーが好きだ。ブルーズが好きだ。
映画のセリフのなかで、この映画の表向きのヒロインが、
彼女は実はええとこのお嬢さんでオペラ歌手で、
初めて聴くサッチモのディキシーに瞳を輝かせてこう言うのだ。
「まあ、皆がお互いに楽器で喋りあっているわ! それに彼らの言葉がそのまますぐ音楽になっている!」
まさにまさに……。
下品と言われ、それこそジャズィーな音楽がまだ偏見に囲まれていた時代のこと、
しぜんに楽しく体を揺すって聴いているうちに、ジャズがどんどん新しく生れてくるのだ。
自分のブログに書くことがあって、 ちょっと調べたところなんですが、 知ってますか中尾ミエの演歌 「さすらいの町」。
ここでワンコーラス試聴できます。
>>さすらいの町(ライブバージョン)
♪白い襟足なやましく… のあと 「すがりつきたい、あなたが欲しい」 と続くはずなんですが、 最初に聞いたときのインパクトの強かった曲です。 町なかで知らない女性にすがりついたら、 まずいんじゃないか、 すごい歌詞だなあ、 と。 ポップスの中尾ミエが演歌を歌ったという意味でも、 インパクトがありました。
わたしのブログ記事はこちらです。 たいしたことは書いてません。
>>djack’s: 思ひあふれて
このたびお仲間に入れていただくことになりました。
どうぞよろしくお願いします。
音楽の分野は広くていろいろありますが
クラッシック音楽とのかかわりはいかがですか。
クラッシックとは無縁の家庭環境で育ちましたので
ラジオでたまたま流れていたりしたのを聞いたり
学校での音楽の時間にクラッシック音楽とふれる
くらいであまりなじみはありませんでした。
高校2年(1962年)のときだったと思います。
選択科目でとっていた音楽で宿題が出ました。
何か聴いて感想文を書いてくるようにと。
家にはステレオ装置なんかなかったのですが
趣味で作ったラジオがあったので
前から家にあったラジオと並べて聞きました。
右は文化放送、左はニッポン放送だったか
NHKの第一放送と第二放送だったか
そのようにしてステレオ放送をしていた時代でした。
五球スーパーのようなラジオだったのですが
妙に臨場感があって引き込まれてしまいました。
曲目は忘れましたが指揮者がピエール・モントー
だったことは今でもおぼえています。
それからは「運命・メンコン・未完成」程度ですが
クラッシックも聴くようになりました。
(メンコンはメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲)
それにしてもクラッシックのコンサートで
よかったなぁと満足して帰ることができるのは
十回に一回くらいだったような・・・
今、はやりのベートーヴェンの七番の交響曲も
印象に残っているのは1992年か1993年に仙台で
聴いたコバケン(小林研一郎)指揮の演奏でした。
聴く側の体調や心の状態も関係しますから
演奏の出来不出来のせいにすることはできませんが。
たまにでも感激させられるコンサートに出会えば
うれしいのであちこちで定期会員にもなっていました。
最近はコンサートにご無沙汰です。
仕事に忙しいからというのは理由にはなりませんね。
体力がなくなったからかなぁなんて・・・