「歌謡曲」カテゴリーの記事

昭和ノワール10選

2008-08-05 火曜日

「昭和ノワール」というコンセプトを考え付いた。暗さがかっこ良さでもあった時代の歌謡曲。

1934年 「国境の町」 (東海林太郎)
1937年 「別れのブルース」 (淡谷のり子)
1947年 「夜霧のブルース」 (ディック・ミネ)
1955年 「カスバの女」 (エト邦枝)
1957年 「錆びたナイフ」 (石原裕次郎)
1957年 「俺は待ってるぜ」 (石原裕次郎)
1959年 「女を忘れろ」 (小林旭)
1960年 「さすらい」 (小林旭)
1961年 「黒い傷痕のブルース」 (小林旭、洋楽カバー)
1966年 「夢は夜開く」 (園まり、緑川アコ、他)

アキラの手本はプレスリー

2008-07-15 火曜日

また YouTube ネタなんですが、プレスリーのラブ・ミー・テンダーを見てたら、身のこなしや目線のあり方が小林旭そっくり。歌い方は裕次郎そっくり。

>> Elvis Presley - Love Me Tender

もちろんプレスリーが先行してるわけで、アキラや裕次郎がプレスリーに影響されてるんですね。

上のビデオでは、プレスリーは細い襟のジャケットですが、エルヴィス・オン・ステージのころから、衣装の襟がやたら大きくなります。最近の小林旭が、やっぱりでかい襟を好んで着てるんですが、当時の刷り込みでしょうか。

山口百恵 Forever

2008-07-08 火曜日

山口百恵はやはりすごい歌手だ!
特に、宇崎竜童と阿木耀子のコンビの歌から彼女の新しい面がでてきたと思う。古風な面とコンテンポラリーな女のイメージを併せ持ったユニークな歌手になった。
それにしても歌は抜群にうまいんですね。
感情をあまり入れ込まないで情感をちゃんと表現している点。
振り付けもなにげなく大きく動くあたり、なにか特別のセンスをもっていたような気がします。

この特徴がよく出ている二曲をyoutubeで・・

プレイ バック
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横須賀 ストーリー
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百恵ちゃんの頃までは、自分が成長過程で学んだ常識というか、パターンがまだまだテレビでも新聞でも職場でも通っていたのではなかったでしょうか?
宇崎竜童の最初の頃の「たばこブギ」や、「港のヨー子、横浜、横須賀」なんて、すごくあたらしかったけど、「限りなく透明に近いブルー」の小説もあったり、ああいう雰囲気はわからないではない世界であったし、新しさに共感があったけど、その後は「新しい」という価値が自分の中で変わってきてしまいました。

新しい=衝撃的な共感・・・から
新しい=またか! 「ぼうや、いったい何を教わってきたの~、わたし、わた~し、つかれるわ~」になっちゃって・・・

これって年のせいなのか、
世の中が新しい事は必ずしもいいことばかりではなくなってきたせいのなでしょうか?
諸先輩のご意見聞きたし。

お座敷声特集

2008-06-14 土曜日

yansu さんのおかげで、無駄に youtube で時間を使ってしまいました。

美ち奴 「ああそれなのに」

神楽坂浮子 「明治一代女」

鈴木三重子 「愛ちゃんはお嫁に」

西川峰子「あなたにあげる」

美ち奴の 「ああそれなのに」 は70年の収録とのこと。 まだ声が出ていて、 立派なものです。 とはいえ、 彼女の最盛期は昭和10年代。 女・小林旭とでもいうようなぶっ飛び具合は、 機会があったらぜひ味わってみるようお勧めします。戦前の 「ああそれなのに」 はみつからなかったので、 下の 「シャンラン節」 で往時の一端を。

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二人は若い

2008-05-29 木曜日

この二人、57歳と58歳なんだけど、やることが若いですね。

押し入れの中に、見ず知らずの女が住み着いていた!? 福岡県警粕屋署は28日、同県志免町の男性(57)宅に忍び込んだとして、住居侵入の現行犯として住所不定、無職堀川タツ子容疑者(58)を逮捕した。押し入れ内の天袋にマットレスを持ち込み、生活までしていたという。
同署によると、男性は1人暮らし。以前から家の食べ物がたびたびなくなることを不審に思い、人影に反応すると画像が携帯電話にメールで送られる仕組みの警報装置と監視カメラを室内に設置。この日午後2時すぎに外出すると、十数分後に不審者が写った画像を受信した。男性の110番通報で署員が駆け付け、天袋に隠れていた堀川容疑者を発見。午後3時10分ごろ現行犯として逮捕したという。いつから、なぜ住み始めたのか調べている。

知らない女、天袋に住み着く!? 住居侵入容疑で逮捕 粕屋署 / 西日本新聞

演歌というタコツボ

2008-05-20 火曜日

前から思ってたことなので、どこかよそでも書いてるはずですが・・・

青江三奈が死んだとき (2000年)、 テレビで彼女のヒット曲を時代順に流しているのを見て、 というか聴いて、 なるほどなあ、 三奈ちゃんでさえそうだったのか。 時代が下るにつれて彼女の唱法が演歌度を加えてゆき、 歌謡曲界の流れをコンパクトにまとめて見せてくれたようなメドレーでした。
歌謡曲の凋落は、 ド演歌化にあり。 80年代、 90年代というのは、 歌謡曲の歌い手がド演歌のタコツボにはまって、 歌の世界を貧しくしてしまった時代ですが、 青江三奈もその流れの中にいたんだと知って、うら悲しいものがあったわけです。

最近 yansu さんが某メーリングリストで紹介していた美空ひばりの 「悲しき口笛」 を聴いて、 やはり同じことを思いました。

こちらが、 ひばりデビュー当時のもの。
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こちらが円熟期の 「悲しき口笛」。
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(追記。 上のビデオがここでは聴けなくなりました。  YouTube でどうぞ。)

あとのほうが、 ねっとり演歌っぽくなってますね。 むしろこの曲なんかは、 粘っこさをそぎ落として、 もっと小ぎれいに、 もっとポップに、 都会っぽく仕上げて行っても良かったのではないかという気がするのですが、 ひばりが選んだ方向は逆でした。
円熟期といっても67年のものなので、 ひばりはまだ30歳前後ですが、 彼女はこのころから 「歌唱力のある歌手」 という売りを前面に押し出すようになっています。 歌のうまさを見せつける歌い方って、 聴き手の側からいえば嫌らしいものですが、 歌う側は気持ちがいいのでしょう。 この気持ちの良さが、 歌謡曲をだめにしてしまった一因ではないか。 というのも、 演歌は高度な表現力を求められる音楽でして、 ウナリとかコブシとか、 見せどころ、工夫のしどころがたくさんあって、 その工夫がうまく行ったときの「快感」 が、 多くの歌手を演歌的な表現に向かわせた要因だったろうと思うのです。 客を楽しませる歌唱から、 自分が楽しんでしまう歌唱へとでもいいましょうか。

歌謡曲が演歌・ド演歌に収斂していったもう一つの要因が、 「演歌は日本人の心だ」 といった言説でしょう。 今でこそセレブといえばまず芸能人を思ってしまうくらい芸能人の社会的地位が高くなってますが、 基本的には芸能は下賎ななりわいであって、 そういう立場にあれば、 「あんた、 日本人の心を歌ってるんだねえ」 と言われて、 つい嬉しくなってしまうことはある。 まったくの的外れな評価ではないにしても、 うっかり誉め言葉に乗ってしまったのが歌謡曲の不幸だったと私は思ってます。 晩年のひばりは、 自分のことを演歌歌手と称してました。 ジャズから江戸の小唄まで、 オールマイティの歌い手だったのにね。 彼女もまた、 「日本人の心」 なんていう甘言にはまって、 表現の幅を狭めてしまった一人なのだと思います。

自分のことを言えば、 演歌者です。 なにを歌ってもコブシが入っちゃうのが自分の歌い方のデフォルトだし、 北島三郎や都はるみが好きだし、 日本の歌謡史に太字で書かれるべき超一流歌手だったと思うし、 サブちゃんやはるみの歌を歌うのが好きだし、 歌ってて気持ち良いし、 ではあるんですが、 だからといって、 歌の世界がド演歌ばかりでは面白いわけがない。 歌謡曲が落ちぶれたのも当然だったのではないか。 というわけで、 今さらいってもなあ感いっぱいの80・90年代歌謡小史でした。 おつきあいありがとうございます。

レコード大賞と縁の切れた年

2008-05-04 日曜日

私は日本レコード大賞の受賞曲を、第1回から聴いてきた世代です。

第1回の受賞曲である水原弘の「黒い花びら」のことは、学校でクラスメートから聞いて知ったのですが、まあ同時的体験と言っていいでしょう。その後も、新聞やラジオ・テレビの中継で同時代的に大賞曲をフォローしてきたわけですが、では、いつからレコード大賞に関心をなくしたのか。

>> 日本レコード大賞 - Wikipedia

これで見ると、中森明菜の「 ミ・アモーレ」が受賞した84年からですね。私は明菜のデビューを知りませんでした。名前を知ってからも、ずいぶん長い間、明菜の顔も曲もしりませんでした。つまり、それまではほそぼそ聴き続けてきたにしても、84年を境に、まったく歌謡曲やポップスを聴かなくなったわけです。もろに、あまりに、あからさまで笑ってしまったのですが、受賞曲の傾向がこの年で基本的に演歌系からポップス系へとぴったり切り替わってます。

ひとつ発見がありました。山口百恵はレコード大賞を取ってないんですね。

昭和歌謡のこと

2008-04-21 月曜日

もう6~7年前のことになりますが、 「昭和歌謡」 という小ブームがあったのは知ってますか。 クレイジーケンバンド(横山剣)、エゴ・ラッピン、渚よう子、大西ゆかりと新世界など、レトロな感触の音作りをしてるミュージシャンを一まとめに呼んだものです。当人たちは、おれたちは勝手にやってるんだ、べつに昭和を意識してやってるわけじゃない、いっしょくたにしないでくれといったスタンスで、ブームは一時期で終わりましたが、それぞれ今も活躍しています。

このうち最もメジャーになったのはクレイジーケンバンド(CKB)ですね。ゴールデンアワーの音楽番組にも出てると思います。落語を材料にした宮藤官九郎脚本の連続テレビドラマ 「タイガー&ドラゴン」 (長瀬智也、岡田准一、西田敏行、他)のタイトルは、CKB の曲名からとったもので、 ♪俺の話を聞け~ という一節が要所で使われてました。 クドカンは CKB が好きらしく、 「池袋ウェストゲートパーク」 のスペシャル版でも CKB の横山剣が長瀬智也の父親役で出てました。

私のお気に入りはエゴ・ラッピン。 女性ボーカリストと男性ギタリストの二人組です。 YouTube で代表曲の 「色彩のブルース」 などが聴けます。

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追記。上のビデオ、削除されちゃいました。
このへんから探してみてください。
http://tinyurl.com/3k8sn6

私の裕次郎ベスト5

2008-02-07 木曜日

前のエントリーのコメント欄から春眠さんの提案を転記しました、勝手ながら。
私の裕次郎ベスト5を、皆さんもいかがですか。(djack)

裕次郎の歌について、やってみない?
これならみな参加できそうです。
僕の裕次郎のベスト歌謡は、

♪アカシアの花の下で あの子がそっと涙を拭いた「赤いハンカチ」よ~
♪命に終わりがある 恋にも終わりがくる 秋には枯葉が小枝と別れ 夕べには太陽が空と別れる 誰も涙なんか流しはしない 泣かないで 泣かないで「粋な別れ」をしようぜ~
♪砂山の砂を指で掘ってたら真っ赤に「錆びた(ジャック)ナイフ」が出てきたよ~
♪赤い夕陽が落ちたとて 荒野の花よ泣くじゃない お前も俺も「こぼれ花」 同じさだめの「こぼれ花」
とかあ……だね。

すがりつきたい あなたが欲しい

2008-01-19 土曜日

自分のブログに書くことがあって、 ちょっと調べたところなんですが、 知ってますか中尾ミエの演歌 「さすらいの町」。

ここでワンコーラス試聴できます。
>>さすらいの町(ライブバージョン)

♪白い襟足なやましく… のあと 「すがりつきたい、あなたが欲しい」 と続くはずなんですが、 最初に聞いたときのインパクトの強かった曲です。 町なかで知らない女性にすがりついたら、 まずいんじゃないか、 すごい歌詞だなあ、 と。 ポップスの中尾ミエが演歌を歌ったという意味でも、 インパクトがありました。

わたしのブログ記事はこちらです。 たいしたことは書いてません。
>>djack’s: 思ひあふれて