• 17
  • 4月

この記事面白かったです。 J-POP に入れ込んでいて、 「明治時代に日本美術を再評価するきっかけを作ったアーネスト・フェノロサのような存在、なのかもしれない」 という人物のインタビュー。華原朋美や浜崎あゆみ、 ほとんど聴いたことがないんで、私は判断しかねるんですが、説としてはとても面白く読みました。

>> 日本の底力は「おもしろければなんでもあり」にあり(前編1)

>> 日本の底力は「おもしろければなんでもあり」にあり(前編2)

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4 Comments

  1. Map Says:

    まだ全編(1)しか読んでないけどかなり面白いですね。
    日本のPopは最初英語の歌を日本語に翻訳して歌っていた。
    一つの音に一つの発音。ところが英語にしろイタリア語にしろフランス語にしろ、一音に数シラブルが入っている。翻訳するとどうしても原語の内容をはしょらないとならない。
    岩谷先生みたいな天才翻訳詩家がいたから成功したけど、普通はフラストレーションよね。
    なんとかして一つの音に複数のころばをあてはめて自然にかっこよく歌にしたい・・
    それを越えたのが荒井由美とサザーンあたりではないかな~。

    その後はもうどんどんバタ臭い日本語使用に変化していっちゃた・・
    そこにコンピューターという国際語がでてきたからますます無国籍的日本語がなじんじゃったのではないでしょうか?

    この前アカデミー賞クラスの映画なんだけど、・・題も役者も監督もわすれた・・・いい映画だったのだけど・・・ストーリーすら忘れた・・・そこで使われていたのが、日本の歌。
    最初は日本語だとは判別できなかったのです。でもこんなに透き通る曲はいったい誰が・・と思って注意して聞いたら、これが日本語だったのです。
    英語もちょっとはいっていて、どこから英語でどこから日本語かよくわからないまま心に入ってきちゃうのです。その時は名前を控えたのだけど、そのメモもたくさんのメモの帯の中に埋もれてしまいました。
    もっと書きたいのだけど、ちゅかれたのでつづきはまた・・・・

  2. 蘭スター Says:

    そうですね、私も華原朋美、浜崎あゆみの「歌」はちゃんと
    聴いたことがないので分からないのですが、
    インタレスティングでした。Jポップの世界もまさしく
    ハイテクやその他すべてと同じ
    「ニッポン」カルチャー、なんでしょうか。
    なんでも取り入れて日本のものに
    してしまう、、、。
    話が飛びますけど、いわゆるソース焼きソバ、
    あれこそ日本そのものだと思います。
    使っているものはほとんどすべて
    日本古来のものではない。
    それを最後に紅しょうがと青海苔のトッピングで
    あっという間に「日本食」。

    日本に10年居て帰国したスイスの友人は
    日本食が好き(ほんとの、料理屋で出す
    日本食)なので、自分でも日本食作る?と
    きいたところ、「作ります、焼きソバとか」というので
    あれはほんとの日本食じゃないけど、
    でも、あらゆる点で、あれこそ日本の料理と言えるわね、
    と返したことでした。

  3. 春眠 Says:

    とても遅れたコメントで失礼。

    このインタビュー、前編1しか読めなかったので、なんとも言い得ません。
    フェノロサなんて笑ってしまいますが、J-POPに対して
    パクリだから、洋楽のマネだからダメだとかは思ったことがないので、
    反「J-POP批判」のリクツはピンと来ませんね。

    こちらがいわゆるJ-POPが面白くないと感じるのは、
    まさに音楽だからであり、聴いていてもつまらないだけ。
    浜崎あゆみがすごい人気だというので、聴いたことがあったけれど
    ふーんそうかというくらいのもの。
    音楽や歌は、面白いかそうでもないかだけじゃないかと思います。

    当然それは人によって違うし、
    面白くない感性というのは、やはり時代性つまり世代的な感覚が
    一番大きいと思います。

    たったひとつの森進一の歌に、自分の知らなかった生き方や
    自分の奥にある感性に気づかされるなんてことはいくらでもあった。
    歌そのものに励まされたりするこちらの人生(の貧しさ)があった。
    打ちのめされるような感覚も、洒落たセンスに気づいて、
    明るい未来を感じることもあった。

    それは演歌だとか、クラシック、シャンソン、ラテン、アメリカンポップス、
    ジャンルは関係なかったと思います。
    いや、正確に言えば、それぞれのジャンルは歴然と音楽的にも発生的にも
    ちゃんとしたスタイルがあって、それぞれのスタイルのなかで
    人生を歌ったり、感性を新しく解放していくような試みがあった。

    J-POPが自ら「J-POP」と封じ込めてしまった時から、
    なんも面白くもなくなったのではないだろうか。
    それは、商品ジャンルとしてマーケティングで作りあげたからでしょう。
    つまり売れるか売れないかという発想から作られるようになったからだと思います。
    これは一種の大衆蔑視。

    自分の何にもに重ね合わせることもできない、
    ただトレンドとしての歌や曲にある価値は、それが流行っているからかどうか、
    ということだけでしか大衆は判断できななくなってしまったのではないだろうか。

    歌がかつてそうだったように、大衆の中から大衆の欲望や
    感性として湧きあがったり滲み出して歌われるのではなくなった。
    (亡くなった阿久悠なんかがそれを媒介する霊媒者だった)

    J-POPとして語られるようになったのはいつからかは知りませんが、
    僕はユーミンとか小田和正あたりからではないかしらんと、なんとなく思っています。
    これらの歌のセンスにはとてもいいなあとは感じ入りますが、
    小田和正なんて、大の大の嫌いだなあ。気持ちが悪いんですね。
    なぜなんだろうと自分で思う。
    これ以降は音、フレーズ、言葉など、心ではなく、どれでも、
    ファッションになってしまったなあという印象です。
    それがいいかどうか、なんて判断できません。
    たた、つまらなくなったなあ、と感じるだけです。

    でもきっと、昭和の頃の歌が、
    また歌われるようになると思っているけれど、どうかなあ。

  4. Shun Says:

    春眠 さん
    >小田和正なんて、大の大の嫌いだなあ。気持ちが悪いんですね。
    こういうのを食わず嫌いというのかもしれません。
    こちらも、同時代に聞いたことなかったし、その後TVから曲が流れてきた時も
    チャネルをすぐ変えたもです。最近でも興味はまったくなかったけど、年のせいか、
    あの伸びやかな声が妙に響くのですね。
    彼がピアノで弾き語りした「ひこうき雲」のうまさは抜群でした。へ〜、この曲
    いいなあ、とおもってオリジナルのユーミンを聞いたら、なんかちがう感じを受けて、
    それ以来、彼は歌がうまいんだという認識をもった次第です。はい―。

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