蘭スターさんの熱いリクエストにこたえて、エントリーをつくってみましたが、こんなテーマでいかがでしょう。
ここでいう異性とは、もちろん不特定多数の異性ではなく、特定の、憎からず思っているというような異性のことです。それでは、ふるってコメントを。
» You can leave a comment, or trackback from your own site.
残念ながらそのようなことはなかったです・・・ 歌といえばカラオケはまだなくてジュークボックスだったですね。
学生の頃の思い出の歌といえば「テネシーワルツ」かなぁ。 市のフォークダンスのサークルに入ってね。そのサークルでは 西部劇の映画に出てくるようなスクウェアダンスもやってました。
フォークダンスの「テネシーワルツ」は、中学や高校の時とは 違ってパートナーが曲の途中で変わらないのです。 社交ダンスを習う前だったからちょっとしたトキメキを感じました。
おー! 新コーナー誕生です。半ば諦めていました、やっぱり 人頼みというのはよくないよね、、、って。 djackさん、ありがとうございます(次回は自力で がんばります)。
ただしかし、聞かせた歌、というのはないんです、残念ながら。 ちょっと似てるけど違う、聞かせたかった歌、なら いくつかあるんですね。
「オンリー・ユー」「ユール・ネヴァー・ノウ」 あと、いくつかの映画音楽の主題歌。
それと、歌を幅広く、曲、ととった場合ですと、 今思えば、ほんのちょっと程度のピアノを習っていて、 必然的にクラシックのピアノ音楽が好きだったんですが、 とある人に「クラシックのピアノで好きな曲ありますか」 と聞いたことがありました。 「鐘、なんか好きですね」と言う。 へー、この程度なんだ、とちょっとがっかり、でした。 もちろん、リストの超絶技巧練習曲だから すごい曲ですけど、当時は背伸びしてた私、 ブラームスのピアノ協奏曲とかバッハの チェンバロ曲をピアノで弾いてるのがあって、 そういうのを答えてもらいたかったもので、、、。
Getaさんのフォークダンス曲といい、 やっぱりほろにがな想い出につながりそうです。 えっ、Getaさんは違うって?!
実際に「聞かせた」方、その顛末など知りたいでーす。
蘭スターさんは、プラターズが好きだったんですね。 映画で言えば「ヨーロッパの夜」ですか。 彼らが一躍有名になったショー。
プラターズは良かったなあ、 Smoke gets in yoor eyesがベスト。リードヴォーカルが、 初代のトニー・ウィリアムのとき、二代目のソニー・ターナーよりずっとよかった。 夕日に赤い帆、ハーバーライト、トワイライトタイム…… 夢中になtって聴きましたよ。 やはりコーラスグループが面白かったですね。 ゴスペルのThe Golden Gate Quartetとか。
高校時代によく聴いたのはNat king cole いつも一人で悦に入って歌ってますたですた。 Love is a many splenderd things Fascination Too young Lonly one Nature boy なかんずく、なんてったって、Stardust。
歌っては人に聴かせてたくて、つまり憎からぬあのコに 聴いてもらいたかったけどね。1回も歌ったことがなかったなあ。 だって話したこともなかったんだからね、何をかいわんや。 でもひとりではよく歌ったね。恋に恋して。 だから今でも、ぜんぶソラで歌える。
プラターズの「オンリー・ユー」を日暮里のダンスホールで ナマで聞いたことがありしました。踊りながらでしたが。
その夜はたしかパートナーに誘われて行ったのですが ダンスで息があってうまくいっても、ダンス以外の時間に 相性がいいとは限らないのですね、当然のことですが。 ほろにがい思い出です。
そういえばあのころに映画「南太平洋」がリバイバルで ロードショウにかかっていましたね。
「南太平洋」 ミッチー・ゲーナー。バリハイ。魅惑の宵。 自分にとっては結構官能的な映画だったなあ。
それにしてもgetaさんと社交ダンスというのは、案外なとり合わせですね。 シャレもんだったんでしょうか。 社交と名のつくものに関しては、まったく反応できなかった 暗い青春を思い出します。
聞かせた歌、というのは 歌って聞かせた、というのじゃなく 「ねー、最近こんな歌がはやってるけど いいよね」とか言って聞かせた歌、という ふうに取りましたが(好きな曲ということに なるわけですが)ま、どちらでも いいんですよね? djackさん。
春眠さんたち版ブラザーズ・フォー の歌は、結構、みんな聞いていたはずですけど。 全く、ブラザーズ・フォーは輝いていたものね。
ダンスと音楽は切っても切れない 間柄。自分が好きな曲で(歌で)踊るってなれば 聞かせたことになります。そっか、getaさんは 社交ダンスですか。となると、初めてもなにも 聞かせた、ことのないのは 蘭スターだけ、ってことに、、、。あ、 先にあげたとある人ですが 今をときめく指揮者になっているあるピアニストの 演奏会に誘いましたが、やっぱり退屈そうでした。 そのまま、終了路線をたどりました、とほほ。
このコーナーを作ってくださった djackさんはいかがなんでしょうか? (みんなに振らないと気がすまない蘭スター、でした)
> それにしてもgetaさんと社交ダンスというのは、案外なとり合わせですね。
ナマで聴いたのを思い出すと、グレンミラー、アルフレッドハウゼ、 ビリーボーン、パーシーフェイス、ペレスプラード ・・・
日本のバンドでも原信夫、見砂直照、宮間利之、有馬徹、小野満 ・・・
自然に体が動き出してしまういますよね~ ^ ^
なあるほど。バンド通なんですね。 かの演奏家たちも、鑑賞ではなく、むしろダンスの伴奏として 楽しんでおられたのかしらん?
そう、あのビッグバンドサウンドっていうのは たまらないですね。
高校三年生の秋に、立川名画座で「シベールの日曜日」と「グレンミラー物語」 の二本立てをやってまして、見に行きました。 一緒に行ったのがかなり問題な人なんですが、 まあ、それは置いておくとして、 売れない音楽家グレンミラーが あのサウンドを生み出すまでの過程が 忘れられません。何しろ、あの「ムーンライトセレナーデ」が 全く別の曲のように陳腐で、全然受けないんですね。 それが、なんのヒントだったか忘れましたが(ここが肝心なのに) かのミラーサウンドになるや、突然人気に火がつくのです。
アレンジのすごさに初めて気がつきました。
そうか、ダンスもいいねー。
> 売れない音楽家グレンミラーが > あのサウンドを生み出すまでの過程が > 忘れられません。
グレンミラーは意外なことにクラリネットがサウンドの 魅力のひとつかもしれないと思ったりするのですが。 映画の詳しいことは忘れましたが・・・
> かの演奏家たちも、鑑賞ではなく、むしろダンスの伴奏として > 楽しんでおられたのかしらん?
たしかに新橋のフロリダとか、新宿コマの地下のホールでね。 その当時、新しくできた日比谷のツインタワーにもよく行った のですがそこでのナマの演奏はおぼえていないなぁ。
でも原信夫とシャ-プス&フラッツをダンスホールでは 見たことがなかったですね。もっぱら新宿の厚生年金で。 そういえば厚生年金会館にはよくかよいました。
1964年7月の東京厚生年金会館大ホールで行われた 世界ジャズフェスティバルの収録で、(中略) このジャズフェスティバルではレッド・ニコルス、 トミー・ドーシーの他に大物マイルス・ディビス・クインテットが 加わっており、これだけが昭和43年8月に私がCBSソニーに転籍した直後、 自分の手でトラックダウンと編集してアルバム「マイルス・イン・トキョー」 として発売されました。
http://blog.goo.ne.jp/jolf-ob-lf/e/a695f79e5921a94aacb0207ad647ee81
昨日、このブログを書かれた半田健一先生にお話を伺いました。 なお、上記のサイトはH20/4/11に閉鎖されるそうです。残念~
Nakkさん
「マイルス イン トーキョー」は、今や伝説ともなtっている大変なアルバムですね。 いまをときめいて、例の味の素スタジアムの日本のジャズフェスタを プロデュースしたりしているピアノのハービー・ハンコックが、 初めてマイルスのメンバーに入ってデビューした記念碑的なものですね。 僕の兄貴がこのレコードを買ってきて、よく聴きました。 いまでも、CDで時々聴いていますよ。 日本で人気になったベースのロン・カーターもメンバーに入っていました。
マイルスは、アート・ブレーキー同様、若いミュージシャンの 道場みたいな環境をつくるので有名です。 ブレーキーのところでは、キラ星のような若手トランペッターが育っていったですが マイルスは、その時代に求められている新しいサウンドがほしくて つねに新しい個性に刺激されて新しい音楽をやりたいというのが ポリシーだったようですね。
でもこの半田さんって人の記憶はちと?ですね。 このときにあの、往年のトローンボ-ン奏者、トミー・ドーシーや、 映画「五つの銅貨」のレッド・ニコルスが来たというのは、 あったとしても、もっと前の別な○○イントーキョーの話でしょう。 マイルスの時代とはまるで違います。 1964年のレッドなんかジジイもいいところだろうし、 トミー・ドーシーなんかはとっくに死んでいるはずです。
それはさておき、このマイルスイントーキョーは名盤です。 演奏はもちろん、録音もたいへん素晴らしかった。
某君のケース。某君は中3、憎からざるターゲットは中1、 放課後の教室にその子がひとりでいるのを見かけて、 しめたとばかり教室に入って歌っちゃったそうです。 私の知る気弱で優柔不断な某君からは想像しにくい 振る舞いですが、事実なら立派なものです。
それにしてもGetaさんは、音楽から芝居まで ずいぶん広くカバーしてきてるなあ。
そうか! こういう手があったのね。 さすが!!
ま、しかし、ないものはしょうがない。
Getaさんのお天気コラムが面白かったって どなたかが言ってたけど こういう素養が役立ってるんですね。
> それにしてもGetaさんは、音楽から芝居まで > ずいぶん広くカバーしてきてるなあ。
いえいえ、ただ行き当たりばったりというか 誘われるままにあっちへ行ったりこっちへ行ったりで いずれも趣味というよりは道楽に近いかなぁ。 そうか、道楽ほどにも、のめり込んでいないかも。
囲碁もやったけど実力は6級どまりでした。 あれもこれもこの程度でしょう。 それぞれ自分では楽しかったりするのですが・・・
コラムについては、二十代の頃から その道の先輩が指導してくれているんですが 作文は小学校の頃から好きになれず 原稿用紙のマス目を埋めるのが苦痛だった気持ちは 今になっても変わりはありません、なんて言いながらも 原稿書きの話を断らないのは 産みの苦しみを楽しんでいるのかもしれません。
そうそう、Getaさんには 「気象暦」カレンダーでいろいろとお世話になったのでした。 あの時、担当者が、こんなふうに書いてくれてれば 本当に楽なんですよね、と言ってましたっけ。 いまさらではございますが、改めてお礼申し上げます。
Getaさんも囲碁をやるんですか そのときの勝敗は確率に過ぎない 面白いと思える気持ちが大事なのだ
女性でも音楽でも終生思い続けられる心が美しいのは 外部から見える困難が当人の尽きることない喜びになっているからです
> 「気象暦」カレンダーでいろいろとお世話になったのでした。
なんか「気象暦」というキーワードはおぼえていますが どんなお手伝いをしたのか忘れてしまいました。 まぁ餅は餅屋ですからね、お役に立てて何よりでした。
> Getaさんも囲碁をやるんですか
いえいえ、せめて1級か2級くらいにならないと 趣味は囲碁ですとは言えないのではないでしょうか。
30代になって習い始めて、挫折して もう二十年くらい石を握っていませんし・・・。
大河ドラマの篤姫のように、囲碁を楽しめるように また囲碁を通して人の心がかようようになれたら よかったのですがね。
> 外部から見える困難が当人の尽きることない喜びになっているからです
あいかわらず深いなあ。もうちょっと分かりやすければ、賛成票も増えるのに。
すいません。そろそろ調子が合ってきたかと思ったのですか・・・
そうそう思い出しましたよGetaさん 最近の囲碁は石を握らなくてもできますよ ご一緒にネット囲碁しませんか
yansuさん、せっかくのお誘いですが申し訳ありません。 いろいろありまして時間が足りなくてといも囲碁までは。
まぁ晩酌の時間を減らせば何とかなるかもしれませんが それもさみしいので・・・
いいですね晩酌できて もう一人で飲んでも美味しくないから飲みません 肝臓の分解限度に達しつつあるのだろう
気持ちが高揚しないと何でも旨くないこともありますね
酒の摘みに吟詠するように碁も打てるはず 余興なんですから冷や汗かきかきやるもんではないよね 石の形を楽しむので真似碁はつまらない 宇宙流の武宮さんが好きだ Getaさんはだれ?
> いいですね晩酌できて > もう一人で飲んでも美味しくないから飲みません
気の置けない友人と飲むのも楽しいですが お酒をじっくりと味わうことができるのは ひとり静かに飲むにしかず、ではないかなぁと。
> 宇宙流の武宮さんが好きだ > Getaさんはだれ?
本因坊クラスの好き嫌いを言うほど碁風が理解できる ところまで達していなかったので・・・
そういえばアマからプロになった影山さんの本を読んで 囲碁のおもしろさが少しは分かったような気がしたことが あったのを思い出しました。
碁風は癖ですから直感的な好き嫌いです 勝負も運で、知的余興としての雰囲気が保たれていればいい こんなだから強くなれないようです 静寂のなかで永遠の吟味を心行くまで楽しめる対象を既に見つけられているのはすばらしい
T高時代の話で、私は2年くらい前に知ったこと なんですが、 とある人を好きになってしまったとある人、 ○○さんに捧げる歌を作曲し、彼女の家の 玄関をガラリ、と開けまして、 これを聴いてください!と叫ぶや、 持参のギター片手に弾き語り。
これこそ、本当に 初めて好きな人に歌った歌、ということに なるでしょうね。
笑って、同時に、人様のことながら ほろにが、でした。
蘭スターさん
まさに美談ですね。 僕の知っているのはそれと同じかどうか…… ラテントリオをやっていた国立のSくんが、八王子のAさんを想うあまり作曲した歌。 「瞳よ」という曲。さんざん想いを聞かされ、曲も聴かされました。 だから覚えている。 ♪ひとみよ あの日 それは僕を誘い 甘い甘い蜜で 僕を惑わせた っての。いい曲でしたよ。 でもこの話と違うみたいですね。
書き方が悪かったかしら、 同じお話です。きっと話してくれた人の 話し方が、時代を経ているので 漫画調だったんでしょう。
実はこの話、もう少し続いていて、 思われ人のお父さんは八王子?消防署の 署長さんだったとかで、 この話を私と一緒に聞いていた人ったら よくお父さんに水ぶっかけられなかったなあ、 なんて意地悪を言ってました。
瞳よ、ですか。確かにあのお方の涼やかな瞳は、私でも 思い出せますね。いちど歌ってくれませんか?
あの~、盛り上がり中にあれですが、 ビジターが少ないとはいえ、いちおう公開サイトなので、 公人の情報か、私人の情報かとか、 個人が特定されてもかまわないケースか、特定されてはまずいケースかとか、 そのへんの線引き、もう少し臆病でもいいかな と感じたりしてるんですが・・・
あー、ごめんなさい! 公開ということ、わすれていました。 全部、また聞きで、 裏も取れていないのに、 面白おかしく書いてしまいました。
気をつけます。
どういたしまして。 笑える話は身体にいいんで、 また期待してます。
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2008-04-06 at 01:38
残念ながらそのようなことはなかったです・・・
歌といえばカラオケはまだなくてジュークボックスだったですね。
学生の頃の思い出の歌といえば「テネシーワルツ」かなぁ。
市のフォークダンスのサークルに入ってね。そのサークルでは
西部劇の映画に出てくるようなスクウェアダンスもやってました。
フォークダンスの「テネシーワルツ」は、中学や高校の時とは
違ってパートナーが曲の途中で変わらないのです。
社交ダンスを習う前だったからちょっとしたトキメキを感じました。
2008-04-06 at 02:13
おー! 新コーナー誕生です。半ば諦めていました、やっぱり
人頼みというのはよくないよね、、、って。
djackさん、ありがとうございます(次回は自力で
がんばります)。
ただしかし、聞かせた歌、というのはないんです、残念ながら。
ちょっと似てるけど違う、聞かせたかった歌、なら
いくつかあるんですね。
「オンリー・ユー」「ユール・ネヴァー・ノウ」
あと、いくつかの映画音楽の主題歌。
それと、歌を幅広く、曲、ととった場合ですと、
今思えば、ほんのちょっと程度のピアノを習っていて、
必然的にクラシックのピアノ音楽が好きだったんですが、
とある人に「クラシックのピアノで好きな曲ありますか」
と聞いたことがありました。
「鐘、なんか好きですね」と言う。
へー、この程度なんだ、とちょっとがっかり、でした。
もちろん、リストの超絶技巧練習曲だから
すごい曲ですけど、当時は背伸びしてた私、
ブラームスのピアノ協奏曲とかバッハの
チェンバロ曲をピアノで弾いてるのがあって、
そういうのを答えてもらいたかったもので、、、。
Getaさんのフォークダンス曲といい、
やっぱりほろにがな想い出につながりそうです。
えっ、Getaさんは違うって?!
実際に「聞かせた」方、その顛末など知りたいでーす。
2008-04-06 at 20:57
蘭スターさんは、プラターズが好きだったんですね。
映画で言えば「ヨーロッパの夜」ですか。
彼らが一躍有名になったショー。
プラターズは良かったなあ、
Smoke gets in yoor eyesがベスト。リードヴォーカルが、
初代のトニー・ウィリアムのとき、二代目のソニー・ターナーよりずっとよかった。
夕日に赤い帆、ハーバーライト、トワイライトタイム……
夢中になtって聴きましたよ。
やはりコーラスグループが面白かったですね。
ゴスペルのThe Golden Gate Quartetとか。
高校時代によく聴いたのはNat king cole
いつも一人で悦に入って歌ってますたですた。
Love is a many splenderd things
Fascination
Too young
Lonly one
Nature boy なかんずく、なんてったって、Stardust。
歌っては人に聴かせてたくて、つまり憎からぬあのコに
聴いてもらいたかったけどね。1回も歌ったことがなかったなあ。
だって話したこともなかったんだからね、何をかいわんや。
でもひとりではよく歌ったね。恋に恋して。
だから今でも、ぜんぶソラで歌える。
2008-04-06 at 22:06
プラターズの「オンリー・ユー」を日暮里のダンスホールで
ナマで聞いたことがありしました。踊りながらでしたが。
その夜はたしかパートナーに誘われて行ったのですが
ダンスで息があってうまくいっても、ダンス以外の時間に
相性がいいとは限らないのですね、当然のことですが。
ほろにがい思い出です。
そういえばあのころに映画「南太平洋」がリバイバルで
ロードショウにかかっていましたね。
2008-04-07 at 20:22
「南太平洋」 ミッチー・ゲーナー。バリハイ。魅惑の宵。
自分にとっては結構官能的な映画だったなあ。
それにしてもgetaさんと社交ダンスというのは、案外なとり合わせですね。
シャレもんだったんでしょうか。
社交と名のつくものに関しては、まったく反応できなかった
暗い青春を思い出します。
2008-04-07 at 23:24
聞かせた歌、というのは
歌って聞かせた、というのじゃなく
「ねー、最近こんな歌がはやってるけど
いいよね」とか言って聞かせた歌、という
ふうに取りましたが(好きな曲ということに
なるわけですが)ま、どちらでも
いいんですよね? djackさん。
春眠さんたち版ブラザーズ・フォー
の歌は、結構、みんな聞いていたはずですけど。
全く、ブラザーズ・フォーは輝いていたものね。
ダンスと音楽は切っても切れない
間柄。自分が好きな曲で(歌で)踊るってなれば
聞かせたことになります。そっか、getaさんは
社交ダンスですか。となると、初めてもなにも
聞かせた、ことのないのは
蘭スターだけ、ってことに、、、。あ、
先にあげたとある人ですが
今をときめく指揮者になっているあるピアニストの
演奏会に誘いましたが、やっぱり退屈そうでした。
そのまま、終了路線をたどりました、とほほ。
このコーナーを作ってくださった
djackさんはいかがなんでしょうか?
(みんなに振らないと気がすまない蘭スター、でした)
2008-04-08 at 18:16
> それにしてもgetaさんと社交ダンスというのは、案外なとり合わせですね。
ナマで聴いたのを思い出すと、グレンミラー、アルフレッドハウゼ、
ビリーボーン、パーシーフェイス、ペレスプラード ・・・
日本のバンドでも原信夫、見砂直照、宮間利之、有馬徹、小野満 ・・・
自然に体が動き出してしまういますよね~ ^ ^
2008-04-10 at 16:57
なあるほど。バンド通なんですね。
かの演奏家たちも、鑑賞ではなく、むしろダンスの伴奏として
楽しんでおられたのかしらん?
2008-04-10 at 18:39
そう、あのビッグバンドサウンドっていうのは
たまらないですね。
高校三年生の秋に、立川名画座で「シベールの日曜日」と「グレンミラー物語」
の二本立てをやってまして、見に行きました。
一緒に行ったのがかなり問題な人なんですが、
まあ、それは置いておくとして、
売れない音楽家グレンミラーが
あのサウンドを生み出すまでの過程が
忘れられません。何しろ、あの「ムーンライトセレナーデ」が
全く別の曲のように陳腐で、全然受けないんですね。
それが、なんのヒントだったか忘れましたが(ここが肝心なのに)
かのミラーサウンドになるや、突然人気に火がつくのです。
アレンジのすごさに初めて気がつきました。
そうか、ダンスもいいねー。
2008-04-10 at 21:11
> 売れない音楽家グレンミラーが
> あのサウンドを生み出すまでの過程が
> 忘れられません。
グレンミラーは意外なことにクラリネットがサウンドの
魅力のひとつかもしれないと思ったりするのですが。
映画の詳しいことは忘れましたが・・・
> かの演奏家たちも、鑑賞ではなく、むしろダンスの伴奏として
> 楽しんでおられたのかしらん?
たしかに新橋のフロリダとか、新宿コマの地下のホールでね。
その当時、新しくできた日比谷のツインタワーにもよく行った
のですがそこでのナマの演奏はおぼえていないなぁ。
でも原信夫とシャ-プス&フラッツをダンスホールでは
見たことがなかったですね。もっぱら新宿の厚生年金で。
そういえば厚生年金会館にはよくかよいました。
2008-04-11 at 00:49
1964年7月の東京厚生年金会館大ホールで行われた
世界ジャズフェスティバルの収録で、(中略)
このジャズフェスティバルではレッド・ニコルス、
トミー・ドーシーの他に大物マイルス・ディビス・クインテットが
加わっており、これだけが昭和43年8月に私がCBSソニーに転籍した直後、
自分の手でトラックダウンと編集してアルバム「マイルス・イン・トキョー」
として発売されました。
http://blog.goo.ne.jp/jolf-ob-lf/e/a695f79e5921a94aacb0207ad647ee81
昨日、このブログを書かれた半田健一先生にお話を伺いました。
なお、上記のサイトはH20/4/11に閉鎖されるそうです。残念~
2008-04-11 at 11:34
Nakkさん
「マイルス イン トーキョー」は、今や伝説ともなtっている大変なアルバムですね。
いまをときめいて、例の味の素スタジアムの日本のジャズフェスタを
プロデュースしたりしているピアノのハービー・ハンコックが、
初めてマイルスのメンバーに入ってデビューした記念碑的なものですね。
僕の兄貴がこのレコードを買ってきて、よく聴きました。
いまでも、CDで時々聴いていますよ。
日本で人気になったベースのロン・カーターもメンバーに入っていました。
マイルスは、アート・ブレーキー同様、若いミュージシャンの
道場みたいな環境をつくるので有名です。
ブレーキーのところでは、キラ星のような若手トランペッターが育っていったですが
マイルスは、その時代に求められている新しいサウンドがほしくて
つねに新しい個性に刺激されて新しい音楽をやりたいというのが
ポリシーだったようですね。
でもこの半田さんって人の記憶はちと?ですね。
このときにあの、往年のトローンボ-ン奏者、トミー・ドーシーや、
映画「五つの銅貨」のレッド・ニコルスが来たというのは、
あったとしても、もっと前の別な○○イントーキョーの話でしょう。
マイルスの時代とはまるで違います。
1964年のレッドなんかジジイもいいところだろうし、
トミー・ドーシーなんかはとっくに死んでいるはずです。
それはさておき、このマイルスイントーキョーは名盤です。
演奏はもちろん、録音もたいへん素晴らしかった。
2008-04-13 at 21:29
某君のケース。某君は中3、憎からざるターゲットは中1、
放課後の教室にその子がひとりでいるのを見かけて、
しめたとばかり教室に入って歌っちゃったそうです。
私の知る気弱で優柔不断な某君からは想像しにくい
振る舞いですが、事実なら立派なものです。
それにしてもGetaさんは、音楽から芝居まで
ずいぶん広くカバーしてきてるなあ。
2008-04-14 at 01:18
そうか!
こういう手があったのね。
さすが!!
ま、しかし、ないものはしょうがない。
Getaさんのお天気コラムが面白かったって
どなたかが言ってたけど
こういう素養が役立ってるんですね。
2008-04-14 at 21:28
> それにしてもGetaさんは、音楽から芝居まで
> ずいぶん広くカバーしてきてるなあ。
いえいえ、ただ行き当たりばったりというか
誘われるままにあっちへ行ったりこっちへ行ったりで
いずれも趣味というよりは道楽に近いかなぁ。
そうか、道楽ほどにも、のめり込んでいないかも。
囲碁もやったけど実力は6級どまりでした。
あれもこれもこの程度でしょう。
それぞれ自分では楽しかったりするのですが・・・
コラムについては、二十代の頃から
その道の先輩が指導してくれているんですが
作文は小学校の頃から好きになれず
原稿用紙のマス目を埋めるのが苦痛だった気持ちは
今になっても変わりはありません、なんて言いながらも
原稿書きの話を断らないのは
産みの苦しみを楽しんでいるのかもしれません。
2008-04-15 at 00:34
そうそう、Getaさんには
「気象暦」カレンダーでいろいろとお世話になったのでした。
あの時、担当者が、こんなふうに書いてくれてれば
本当に楽なんですよね、と言ってましたっけ。
いまさらではございますが、改めてお礼申し上げます。
2008-04-15 at 07:29
Getaさんも囲碁をやるんですか
そのときの勝敗は確率に過ぎない
面白いと思える気持ちが大事なのだ
女性でも音楽でも終生思い続けられる心が美しいのは
外部から見える困難が当人の尽きることない喜びになっているからです
2008-04-16 at 00:36
> 「気象暦」カレンダーでいろいろとお世話になったのでした。
なんか「気象暦」というキーワードはおぼえていますが
どんなお手伝いをしたのか忘れてしまいました。
まぁ餅は餅屋ですからね、お役に立てて何よりでした。
> Getaさんも囲碁をやるんですか
いえいえ、せめて1級か2級くらいにならないと
趣味は囲碁ですとは言えないのではないでしょうか。
30代になって習い始めて、挫折して
もう二十年くらい石を握っていませんし・・・。
大河ドラマの篤姫のように、囲碁を楽しめるように
また囲碁を通して人の心がかようようになれたら
よかったのですがね。
2008-04-16 at 13:47
> 外部から見える困難が当人の尽きることない喜びになっているからです
あいかわらず深いなあ。もうちょっと分かりやすければ、賛成票も増えるのに。
2008-04-17 at 01:19
すいません。そろそろ調子が合ってきたかと思ったのですか・・・
2008-04-18 at 07:56
そうそう思い出しましたよGetaさん
最近の囲碁は石を握らなくてもできますよ
ご一緒にネット囲碁しませんか
2008-04-19 at 20:07
yansuさん、せっかくのお誘いですが申し訳ありません。
いろいろありまして時間が足りなくてといも囲碁までは。
まぁ晩酌の時間を減らせば何とかなるかもしれませんが
それもさみしいので・・・
2008-04-20 at 09:07
いいですね晩酌できて
もう一人で飲んでも美味しくないから飲みません
肝臓の分解限度に達しつつあるのだろう
気持ちが高揚しないと何でも旨くないこともありますね
酒の摘みに吟詠するように碁も打てるはず
余興なんですから冷や汗かきかきやるもんではないよね
石の形を楽しむので真似碁はつまらない
宇宙流の武宮さんが好きだ
Getaさんはだれ?
2008-04-21 at 00:10
> いいですね晩酌できて
> もう一人で飲んでも美味しくないから飲みません
気の置けない友人と飲むのも楽しいですが
お酒をじっくりと味わうことができるのは
ひとり静かに飲むにしかず、ではないかなぁと。
> 宇宙流の武宮さんが好きだ
> Getaさんはだれ?
本因坊クラスの好き嫌いを言うほど碁風が理解できる
ところまで達していなかったので・・・
そういえばアマからプロになった影山さんの本を読んで
囲碁のおもしろさが少しは分かったような気がしたことが
あったのを思い出しました。
2008-04-21 at 08:03
碁風は癖ですから直感的な好き嫌いです
勝負も運で、知的余興としての雰囲気が保たれていればいい
こんなだから強くなれないようです
静寂のなかで永遠の吟味を心行くまで楽しめる対象を既に見つけられているのはすばらしい
2008-04-25 at 19:49
T高時代の話で、私は2年くらい前に知ったこと
なんですが、
とある人を好きになってしまったとある人、
○○さんに捧げる歌を作曲し、彼女の家の
玄関をガラリ、と開けまして、
これを聴いてください!と叫ぶや、
持参のギター片手に弾き語り。
これこそ、本当に
初めて好きな人に歌った歌、ということに
なるでしょうね。
笑って、同時に、人様のことながら
ほろにが、でした。
2008-04-25 at 23:48
蘭スターさん
まさに美談ですね。
僕の知っているのはそれと同じかどうか……
ラテントリオをやっていた国立のSくんが、八王子のAさんを想うあまり作曲した歌。
「瞳よ」という曲。さんざん想いを聞かされ、曲も聴かされました。
だから覚えている。
♪ひとみよ あの日 それは僕を誘い 甘い甘い蜜で 僕を惑わせた
っての。いい曲でしたよ。
でもこの話と違うみたいですね。
2008-04-27 at 02:15
書き方が悪かったかしら、
同じお話です。きっと話してくれた人の
話し方が、時代を経ているので
漫画調だったんでしょう。
実はこの話、もう少し続いていて、
思われ人のお父さんは八王子?消防署の
署長さんだったとかで、
この話を私と一緒に聞いていた人ったら
よくお父さんに水ぶっかけられなかったなあ、
なんて意地悪を言ってました。
瞳よ、ですか。確かにあのお方の涼やかな瞳は、私でも
思い出せますね。いちど歌ってくれませんか?
2008-04-27 at 08:07
あの~、盛り上がり中にあれですが、
ビジターが少ないとはいえ、いちおう公開サイトなので、
公人の情報か、私人の情報かとか、
個人が特定されてもかまわないケースか、特定されてはまずいケースかとか、
そのへんの線引き、もう少し臆病でもいいかな
と感じたりしてるんですが・・・
2008-04-27 at 18:41
あー、ごめんなさい!
公開ということ、わすれていました。
全部、また聞きで、
裏も取れていないのに、
面白おかしく書いてしまいました。
気をつけます。
2008-04-27 at 22:11
どういたしまして。
笑える話は身体にいいんで、
また期待してます。