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- 1月
プレスリーになったつもり。

ジョンとヨーコのつもり。

LP のジャケットを使って本人になったつもりという遊びがはやってるみたいです。レコードプレーヤーは捨てちゃったけどレコードは残ってる 、何に使おうかなあというようなことでしょうか。
こちらの写真投稿サイトでたくさん見られます。
プレスリーになったつもり。

ジョンとヨーコのつもり。

LP のジャケットを使って本人になったつもりという遊びがはやってるみたいです。レコードプレーヤーは捨てちゃったけどレコードは残ってる 、何に使おうかなあというようなことでしょうか。
こちらの写真投稿サイトでたくさん見られます。
2008-01-31 at 14:27
サイト見ました。
おもしろ~い!!
2008-02-02 at 01:12
プロバイダーをネットスケープから、ファイアーフォックスにかえたら、俄然写真がクリアーに大きくなりました。改めてみたら、うーん、いいね。
ちなみにネットスケープは今月いっぱいで潰れました。
2008-02-02 at 09:55
ネスケはインターネットの草分けみたいなもので、
ある会合でネスケからネットのサイトサーフィンを見せてもらって
興奮したものだったけれど。
ネスケに合掌。
今日の朝刊では、マイクロソフトがヤフーに買収を持ち掛けている
という記事。
ネスケの後にヤフーの神話が旋風を巻き起こし、
日本でのヤフー争奪戦に、パソコン神童アスキー西和彦が遅れをとって
天才児ソフトバンクの孫正義の後塵を拝し、以降、西は凋落。
近年はグーグルがもっと大きな旋風を吹かして
ヤフーが凋落しそう?で栄枯盛衰川は流れる
日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ
私は残る……
(G.アポリネール「ミラボー橋」)
なああんて。
おっと話が大ソレ・ミヨでした。
2008-02-05 at 10:49
>> Mapさん
まだネットスケープを使ってる人がいましたか。
評判では、ネスケは今も最強のブラウザーのようですが、
良いものが使われるとは限らないのが世の中ですね。
Firefox は私もメインのブラウザーにしてますが、
困るのはときどき重くなってしまうこと。Firefox だけでなく
パソコンそのものが重くなる。 設計ミスのようで、
現行バージョンでは改善されない見通しとか。
重くなったら、いったん終了すればもとにもどります。
>> 春眠さん
月日は流れ、私は残る・・・って、時代遅れ宣言の歌
という感じがしませんか。アポリネールがいいのは、
この時代遅れ感がいいのかも。 現代から見て時代遅れということではなく、
すでに初めから時代遅れといったレトロ感、手遅れ感。
路傍にしょんぼり立っている木彫のキリスト像が僕にはありがたい
黒い十字架につながれた牝山羊が草を食べている
・・・
夕日に顔を向ける今がそのとき
僕の魂に似て血まみれでまん円い
偉大な邪教の太陽が沈みながら
遠くの村里もろともにそしらぬ顔のキリスト像を消してゆく・・・
(堀口大学訳)
2008-02-05 at 12:26
この堀口大学の訳が、私にはアポリネールをアポリネールたらしめている・・とMapは思うのです。たまらないっす。
2008-02-06 at 11:25
djackさん
アポリネールの「時代遅れ宣言」っておもろいですね。
なるほどね。
もともとは前衛詩人であった彼の詩のなかでは、
これは珍しく分かりやすく、素直で、Mapさん曰くのように
多分ぶ堀口大学の翻訳によるところもあるのかも。
僕はこの、「日も暮れよ 鐘も鳴れ 月日は流れ わたしは残る」
というとても感じやすいリズムのフレーズが好きで、
何の脈絡もなく、つい口を衝いてしまうことがよくあるんですね。
何かしら、決意のようなものがある。
この詩はご存知のように、恋人であったあのかそけき画家の
マリー・ローランサンとの失恋を歌ったものだと言われています。
しかし、このフレーズを呟いているときに、必ず
中原中也の「冬の長門峡」を思い出しているのです。
この詩は17歳の時からそらんじているほどですが、
正しい詩句を青空文庫からぱくってきますと、こうなりますね。
冬の長門峡
長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。
われは料亭にありぬ。
酒酌みてありぬ。
われのほか別に、
客とてもなかりけり。
水は、恰も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。
やがても蜜柑の如き夕陽、
欄干にこぼれたり。
あゝ! ――そのやうな時もありき、
寒い寒い 日なりき。
ああ、そのような時もありき、と中也は
流れる川の向うに沈む夕焼けの美しさに、
自分の輝いていた過去を一瞬重ねて打たれます。
ここには意思はない。あるのはむしろ無常感だと思います。
しかしアポリネールは、最初の段落で
ミラボー橋の下をセーヌが流れ
われらの恋が流れる
私は思い出す
悩みの後には楽しみがくると
と歌って、日も暮れよ鐘も鳴れ月日は流れ私は残る、と
意思表示します。
僕にはこの「残る」は「楽しみ」を待って残るのではなく
「悩み」のなかにとどまることを決意していると思えるのです。
これは実際の解釈とは違うのかもしれませんが、
この“勁さ(つよさ)”がdjackさんの言葉に通じるのかもしれませんね。
しかし中也もアポリネールも、夭折とはいえないけれど
あっけなく早死にしてしまいました。
「ミラボー橋」は著名なシャンソンとなって残り、
いろんな歌手が歌っていますが、やはり男が歌うのが合っています。
片や中也は、いつも小さな声で自分の詩に勝手に
曲をつけて独り言のように歌っていたと聞きます。
とくに
天井に 朱きいろいで
戸の隙を 洩れ入る光、
鄙びたる 軍楽の憶ひ
手にてなす なにごともなし。
小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだ色らし、
倦んじてし 人のこころを
諫めする なにものもなし。
の、あの清澄とも無力ともなんとも言い得ない「朝の歌」という詩を、
それこそ寝床の中からひっそり歌っていた
というんですね。(これはちとぞっとする)
しかしちゃんと歌になって残っている詩があるんです。
もうずっと前にラジオから
♪ほらほら これが僕の骨だ
生きているときの苦悩に満ちた……
という「骨」。
誰が歌っていたと思いますか?
石原裕次郎なんです。
やあ驚きましたね。
でも、この詩はちゃんと第三者の手で曲になっているんです。
楽譜もどっかにありました。
それっきり、二度と聞いたことはありませんがね。
あれあれ、話がまとまっていますかね、これは?
2008-02-07 at 08:39
来ましたね、重量級のコメントが。
こういうのをコメントにしちゃうのはもったいないから、
「文学」 とか 「詩」 とか適当なカテゴリーを作って、
独立の記事にしてもよかったですね。
「映画」 や 「演劇」 のカテゴリーもあっていいと思います、
どうせどこかで音楽とつながってるわけで。
裕次郎が 「骨」 を歌ったということですが、 これかな。
http://blog.dgcr.com/mt/dgcr/archives/20071130140200.html
2008-02-07 at 10:31
紹介のサイトに裕次郎のテレビ番組のことが触れてあったけfど、
これのことかな?
これとはあまり関係ないかもしれませんね。
ちょい調べたら、こっちにありました。
http://music.goo.ne.jp/cd/545194-1/index.html
このCDはよさそうだね。
僕のもっている裕次郎のCDは、駅なんかでよく売っている
1000円くらいのあの海賊盤もどきで、
音が悪い上に、晩年の時に歌って声が出ていない。
実際の詩をまた青空文庫からパクッて以下に。
17歳の記憶とちと違っていたが、やはりいい詩だなあ。
なんでこれを裕次郎が歌ったのか不思議。
でも裕次郎の歌について、やってみない?
これならみな参加できそうです。
僕の裕次郎のベスト歌謡は、
♪アカシアの花の下で あの子がそっと涙を拭いた「赤いハンカチ」よ~
♪命に終わりが来る 恋にもあわりがくる 秋には枯葉が小枝とわかれ 夕べには太陽が空と別れる 誰も涙なんか流しはしない 泣かないで 泣かないで「粋な別れ」をしようぜ~
♪砂山の砂を指で掘ってたら真っ赤に「錆びた(ジャック)ナイフ」が出てきたよ~
♪赤い夕陽が落ちたとて 荒野の花よ泣くじゃない お前も俺も「こぼれ花」 同じさだめの「こぼれ花」
とかあ……だね。ともあれ、
「骨」
ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きてゐた時の苦労にみちた
あのけがらはしい肉を破つて、
しらじらと雨に洗はれ、
ヌックと出た、骨の尖《さき》。
それは光沢もない、
ただいたづらにしらじらと、
雨を吸収する、
風に吹かれる、
幾分空を反映する。
生きてゐた時に、
これが食堂の雑踏の中に、
坐つてゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、
と思へばなんとも可笑《をか》しい。
ホラホラ、これが僕の骨――
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残つて、
また骨の処にやつて来て、
見てゐるのかしら?
故郷《ふるさと》の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立つて、
見てゐるのは、――僕?
恰度《ちやうど》立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる
2008-02-07 at 11:07
もったいない話題なので、裕次郎ベストを別エントリーにしてみましたが、
かまわなかったかな。って、もうしちゃったんですが。
「骨」 が歌われたという映画 『太陽への脱出』 はおぼえがないんだけど、
音楽担当が伊部晴美となっていて、アルバムに記されてる作曲者と同じだから、
映画の中でまず歌われたのかもしれない、と思った。
2008-02-07 at 12:51
そうか、映画の話だったんですね。
映画の主題歌とは、中也もびっくりだろうなあ。
エントリーありがとう。
最近ものぐさになったせいか、トシとともに遠慮深くなったせいか
人の話に触発されて思い出し、思いつくことが多いです。