新しい音楽ジャンルだそうです。あまりいい命名とも思えないので、定着するかどうかわかりませんが、歌はいいですよ。
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Uhooooom! なんだかね、ちょっとね、そう、それってエンソルってんですか。 歌詞なんかどうだっていいもんね、これ。もろソウルって感じで、 小節付きスキャットだっていいんじゃない? タモリがやっていた四ヶ国語マージャンのノリでしょかね。
> 歌詞なんかどうだっていいもんね、これ。もろソウルって感じで、 > 小節付きスキャットだっていいんじゃない?
歌詞は大事だけど、意味はどうでもいいという説。 http://oiteke.tumblr.com/post/208894137
>歌詞は大事だけど、意味はどうでもいい。
これって、ちょっと考えるのもいいよね。
このエンソルを聴いたとき、何もジャンルとしての演歌をわざわざくっつけて 演歌っぽい歌詞なんかつけなくてもいいんじゃないかと思ったわけ。
友人の息子に自称ロックシンガーってのがいてね、あるとき親父である友人に聞いてやってよ みたいなことで小さなライブに行ったの。 なに歌ってのかさっぱりわかんないんだ。 声は聞こえるんだけど、くすんじゃっていて、言葉が聴こえない。 雑音にしか聞こえないのだ。 もちろん観客の若い連中は最初から立ったまま身体をゆすって自分の世界に入ったきりだから 歌詞なんてどうでもいいわけ。
歌詞ってあるの?と友人にこっそり聞いたら、 「自分で作詞したようだよ、でも意味なんかどうだっていいんだ」というのだそうだ。 「なら、いっそ唸ったほうがいいんじゃないだろうか?」 僕はそう思った。だって、スキャットだって、言葉としての意味はなくとも ちゃんと声で楽器を演じたり、感情があるじゃん。
それと最近東京校歌祭とかいうのがあって、行った。 旧制中学の卒業生たちが自分たちの誇る校歌を合唱し合っている。 中に戦前の古い歌詞と新しい歌詞が一部混在する校歌があって、 古い年齢の人は古いのを歌いたがり、新しい人は新しいほうしか知らない。 これをいっしょにやっちまうものだから、実にすばらしい曲想が、 途中でもうめちゃくちゃな雑音にしか聴こえない。 これにもがっかりして、すぐに帰っちまった。
>> 歌詞は大事だけど、意味はどうでもいい。 > これって、ちょっと考えるのもいいよね。
おもしろそうですね。でもやりだすと奥が深いよ。 言語論みたいなところまで行っちゃいそう。 一つ押さえておきたいのは、言葉には意味が付いて回る。 だもんで、「意味はどうでもいい」とは言っても、 意味が勝手に付いてきてしまう。そのへん、作詞の 難しさ、面白さでもある。
♪ ぼくはこの日を残念ながら待っていた
日本語がまだ不自由だから故の怪我の功名みたいなところも あるんだろうけど、いいよね。って、本人の作詞なのかな?
きのうの朝日夕刊に紹介記事がありました。 歌詞は自作だそうです。 日本語が自由に使える人だと、 ここまでとぼけた歌詞は書けないかもね。
なるほど。 こんなふうにどっかの国の言葉の断片を 何の脈絡もなく並べたら、面白いでしょうね。 その国の人には案外新鮮で、 本人にとってはスキャット風。
そういえば思い出したが、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」の歌詞を書いたのは 当時高級クラブのママだった山口洋子。 この歌好きで、今でもよく歌うんだけど。
よこはま たそがれ ホテルの小部屋 くちづけ 残り香 タバコの煙 ブルース 口笛 女の涙 あの人は行ってしまった もうかえらない
って、歌詞にしようか、ドラマにするか、みたいな単語のメモが そのまんま歌詞になった感じで新鮮だった。 これも才だろうなと思っていたら、どこかで、これは捏造である、 と古いイングランド民謡かなにかで、地名だの情景だのを やはり単語だけ並べたような歌詞を引っ張り出してきて、 誰かがこれを貶していた。
確かによく似ている。でもまあ、そんなの似ちゃうよね。 知っていても知らなくても。 散文的な説明がないから、なんか畳み込む想いがあって、 自分で自分なりのちゃちな?あるいはハイソな? 情景をイメージして歌えるから、これは好きなんだなあ。 絵画的。
またまた外れるけれど、ニセモノ談義ではその昔、 死んじゃった倉橋由美子がデビューした頃、 いかにも倉橋自身のような若い女が二人称の「あなた」で 語っていく「暗い旅」(ブルージャーニー)という小説があった。 かなり青臭いんだけれど、ジャズなんかがリアルタイムに流れていくイメージが (実際にジャズの話がよく出てくるのだが)あって、 面白かったから、何人かで回し読みしたりした。
これをまた、死んでしまった江藤淳が、 フランスの実験小説を書いた、なんたらピュトールとかいう作家の エピゴーネンというか、剽窃だと批判した。 なんてつまらないことをいうんだろう、江藤の奴は、と思った。 そういう手法をとれば、そんなのなんでも似ちゃうんだよ。 よれよか、自分は現代フランスの実験小説まで読んでおるぞ というような江藤のぺダンテリックな印象のほうがイヤミだったなあ。
江藤淳がどんな言い方をしたのか知らないけど、 似てるというだけで批判するのはおかしい。 先行作品の手法や構造を借りてくるのは普通にあることで、 そもそも全くのオリジナルなんていうものは存在しない。
> 自分は現代フランスの実験小説まで読んでおるぞ・・・
わしも読んでおったのだ。もっとも70年頃からだから 皆さんより遅いけどね。
わ、djackさんてオシャレね! わしは、フランスの実験小説なんか読んだこともなかった。 サガンも盆ボワールなんかも。
おフランスというと、ひたすら古いシャンソンと映画だけ。 あとは「枯葉」の詩人ジャック・プレヴェールくらいのもんかな。
シャンソンと言ってもいわば「和製シャンソン」だね、日本語シャンソン。 高英男とか石井好子、越路吹雪、芦野宏、中原美佐緒…… 比較的新しいところで丸山明宏、岸洋子、金子由香利、一部で加藤登紀子。 中原美佐緒ってなぜか好きだったね。 ところで、金子由香利はとう?
シャンソン聴かないなあ。 おぼえがあるのがイヴ・モンタンくらい。 シャンソンぽいのならアダモ。 日本語シャンソンは皆無に近い。
では、とっくに潰れた銀座の「銀巴里」やら、 近々潰れる予定の吉祥寺の「ベル・エポック」なんかに 行ったことはないでしょうね。 こちらも滅多にいかなかったけれど。 シャンソンは好きだけれど、なんだかキモチ悪いんだよね、 シャンソン系ライブって。 なんかしらん、自分が恥ずかしくなるような感じ。 だからいわゆるヅカなんてとても行く気になれない。 一度くらいは行ってみるのもいいのだろうが。
> シャンソンは好きだけれど、なんだかキモチ悪いんだよね、
そう、シャンソンが嫌いなわけではない。 シャンソンを取り巻く空気がちょっとね。
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2009-10-21 at 22:41
Uhooooom!
なんだかね、ちょっとね、そう、それってエンソルってんですか。
歌詞なんかどうだっていいもんね、これ。もろソウルって感じで、
小節付きスキャットだっていいんじゃない?
タモリがやっていた四ヶ国語マージャンのノリでしょかね。
2009-10-22 at 08:24
> 歌詞なんかどうだっていいもんね、これ。もろソウルって感じで、
> 小節付きスキャットだっていいんじゃない?
歌詞は大事だけど、意味はどうでもいいという説。
http://oiteke.tumblr.com/post/208894137
2009-10-24 at 11:31
>歌詞は大事だけど、意味はどうでもいい。
これって、ちょっと考えるのもいいよね。
このエンソルを聴いたとき、何もジャンルとしての演歌をわざわざくっつけて
演歌っぽい歌詞なんかつけなくてもいいんじゃないかと思ったわけ。
友人の息子に自称ロックシンガーってのがいてね、あるとき親父である友人に聞いてやってよ
みたいなことで小さなライブに行ったの。
なに歌ってのかさっぱりわかんないんだ。
声は聞こえるんだけど、くすんじゃっていて、言葉が聴こえない。
雑音にしか聞こえないのだ。
もちろん観客の若い連中は最初から立ったまま身体をゆすって自分の世界に入ったきりだから
歌詞なんてどうでもいいわけ。
歌詞ってあるの?と友人にこっそり聞いたら、
「自分で作詞したようだよ、でも意味なんかどうだっていいんだ」というのだそうだ。
「なら、いっそ唸ったほうがいいんじゃないだろうか?」
僕はそう思った。だって、スキャットだって、言葉としての意味はなくとも
ちゃんと声で楽器を演じたり、感情があるじゃん。
それと最近東京校歌祭とかいうのがあって、行った。
旧制中学の卒業生たちが自分たちの誇る校歌を合唱し合っている。
中に戦前の古い歌詞と新しい歌詞が一部混在する校歌があって、
古い年齢の人は古いのを歌いたがり、新しい人は新しいほうしか知らない。
これをいっしょにやっちまうものだから、実にすばらしい曲想が、
途中でもうめちゃくちゃな雑音にしか聴こえない。
これにもがっかりして、すぐに帰っちまった。
2009-10-24 at 21:47
>> 歌詞は大事だけど、意味はどうでもいい。
> これって、ちょっと考えるのもいいよね。
おもしろそうですね。でもやりだすと奥が深いよ。
言語論みたいなところまで行っちゃいそう。
一つ押さえておきたいのは、言葉には意味が付いて回る。
だもんで、「意味はどうでもいい」とは言っても、
意味が勝手に付いてきてしまう。そのへん、作詞の
難しさ、面白さでもある。
♪ ぼくはこの日を残念ながら待っていた
日本語がまだ不自由だから故の怪我の功名みたいなところも
あるんだろうけど、いいよね。って、本人の作詞なのかな?
2009-10-27 at 10:45
きのうの朝日夕刊に紹介記事がありました。
歌詞は自作だそうです。
日本語が自由に使える人だと、
ここまでとぼけた歌詞は書けないかもね。
2009-10-28 at 00:54
なるほど。
こんなふうにどっかの国の言葉の断片を
何の脈絡もなく並べたら、面白いでしょうね。
その国の人には案外新鮮で、
本人にとってはスキャット風。
そういえば思い出したが、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」の歌詞を書いたのは
当時高級クラブのママだった山口洋子。
この歌好きで、今でもよく歌うんだけど。
よこはま たそがれ ホテルの小部屋
くちづけ 残り香 タバコの煙
ブルース 口笛 女の涙
あの人は行ってしまった
もうかえらない
って、歌詞にしようか、ドラマにするか、みたいな単語のメモが
そのまんま歌詞になった感じで新鮮だった。
これも才だろうなと思っていたら、どこかで、これは捏造である、
と古いイングランド民謡かなにかで、地名だの情景だのを
やはり単語だけ並べたような歌詞を引っ張り出してきて、
誰かがこれを貶していた。
確かによく似ている。でもまあ、そんなの似ちゃうよね。
知っていても知らなくても。
散文的な説明がないから、なんか畳み込む想いがあって、
自分で自分なりのちゃちな?あるいはハイソな?
情景をイメージして歌えるから、これは好きなんだなあ。
絵画的。
またまた外れるけれど、ニセモノ談義ではその昔、
死んじゃった倉橋由美子がデビューした頃、
いかにも倉橋自身のような若い女が二人称の「あなた」で
語っていく「暗い旅」(ブルージャーニー)という小説があった。
かなり青臭いんだけれど、ジャズなんかがリアルタイムに流れていくイメージが
(実際にジャズの話がよく出てくるのだが)あって、
面白かったから、何人かで回し読みしたりした。
これをまた、死んでしまった江藤淳が、
フランスの実験小説を書いた、なんたらピュトールとかいう作家の
エピゴーネンというか、剽窃だと批判した。
なんてつまらないことをいうんだろう、江藤の奴は、と思った。
そういう手法をとれば、そんなのなんでも似ちゃうんだよ。
よれよか、自分は現代フランスの実験小説まで読んでおるぞ
というような江藤のぺダンテリックな印象のほうがイヤミだったなあ。
2009-10-29 at 08:02
江藤淳がどんな言い方をしたのか知らないけど、
似てるというだけで批判するのはおかしい。
先行作品の手法や構造を借りてくるのは普通にあることで、
そもそも全くのオリジナルなんていうものは存在しない。
> 自分は現代フランスの実験小説まで読んでおるぞ・・・
わしも読んでおったのだ。もっとも70年頃からだから
皆さんより遅いけどね。
2009-10-29 at 22:01
わ、djackさんてオシャレね!
わしは、フランスの実験小説なんか読んだこともなかった。
サガンも盆ボワールなんかも。
おフランスというと、ひたすら古いシャンソンと映画だけ。
あとは「枯葉」の詩人ジャック・プレヴェールくらいのもんかな。
シャンソンと言ってもいわば「和製シャンソン」だね、日本語シャンソン。
高英男とか石井好子、越路吹雪、芦野宏、中原美佐緒……
比較的新しいところで丸山明宏、岸洋子、金子由香利、一部で加藤登紀子。
中原美佐緒ってなぜか好きだったね。
ところで、金子由香利はとう?
2009-10-30 at 13:11
シャンソン聴かないなあ。
おぼえがあるのがイヴ・モンタンくらい。
シャンソンぽいのならアダモ。
日本語シャンソンは皆無に近い。
2009-10-30 at 23:21
では、とっくに潰れた銀座の「銀巴里」やら、
近々潰れる予定の吉祥寺の「ベル・エポック」なんかに
行ったことはないでしょうね。
こちらも滅多にいかなかったけれど。
シャンソンは好きだけれど、なんだかキモチ悪いんだよね、
シャンソン系ライブって。
なんかしらん、自分が恥ずかしくなるような感じ。
だからいわゆるヅカなんてとても行く気になれない。
一度くらいは行ってみるのもいいのだろうが。
2009-11-01 at 09:43
> シャンソンは好きだけれど、なんだかキモチ悪いんだよね、
そう、シャンソンが嫌いなわけではない。
シャンソンを取り巻く空気がちょっとね。