• 05
  • 8月

すいません、某ブログとの二重投稿なんですが、よかったら叩いてやってください。

長調は正しい音楽で、 短調は邪な音楽ということが昔から言われてきて、 でも根拠が示されたことはない。 ただ言われてきただけ。
だけど、そう言われ続けてきたことに根拠はあるはずで、 思うに短調のほうがヒダが深くて、 分析しにくいからではないか。 理論化、 単純化、マニュアル化しにくいものは、 いけないものである、 という欧米人の価値基準がそう言わせてきて、 それが日本の音楽界にも入って、日本でもそう言われてきたにすぎない。 神の音楽と悪魔の音楽とでもいうか。 単純でわかりやすい快感をもたらすのが神の音楽である長調、複雑でわけのわかんねえ快感をもたらすのが悪魔の音楽である短調。 じっさい、 短調というのは油断がならない。短調慣れしてない人が無用心に接したりすると、 身も心も揺さぶられてどうしようもなくなったりする。そういう社会的健全さを損ないかねない危うさを邪としたのではないか。

作曲家の中山晋平が昭和の初めにこんなことを言っている。

一般の民衆が長旋法の方に、 もつと多くの興味と価値とを見出し得る時代が到来したならば彼等自身どれほど今日に比べて幸福であるかわかりません。 ただ残念なことには今日急にその時代を出現させやうとしても、 三年五年の間には到底望まれるべくもないことです。

昭和4年 (1929) に中山が書いた 「民謡作曲」 というエッセイからなんだけど、 この民謡というのは今で言う民謡ではなくて、 民間歌謡つまり歌謡曲・ポピュラーソングのことです。
で、中山晋平がどうしてこんなことを言ったかというと、 中山という人は東京音楽学校 (東京芸大) を出ている。 日本の音楽教育というのは、明治以来ヨーロッパの理論を取り入れて行われてきて、 ヨーロッパの価値観を受け継いでいる。 つまり長調を正とし短調を邪とする世界(アカデミックな音楽界) の一員でも中山はあったわけです。 いっぽうで中山は、 「船頭小唄」 とか 「波浮の港」 とか童謡 「砂山」とかの哀愁めいっぱいの曲で人気を得た作曲家なわけで、 アカデミックな方面に対する言い訳みたいな気持もあったのではないか。

時期はわからないが、 もっとあとになって中山はこんなふうにも言っている。

わたしが健康主義に反対するのは、 大衆の哀愁趣味に迎合するためではありません。 大衆は生活のなかにある哀感をうたってもらうことによって、かえって慰めを得ることもある。 つまり、 健康な音楽も大衆を勇気づけるであろうが、 悲しみを悲しむことによっても生きがいが生まれるのである。

園部三郎 『日本人と音楽趣味』 という本からの引用です。 著者への直話だという。 健康主義に反対などという正論は戦中には言えないから戦後の発言だろうが、 こちらの言い方のほうが力強い。 哀愁≒短調を積極的に評価してます。 「悲しみを悲しむことによっても生きがいが生まれるのである」 悲哀の価値をこんなに力強く言い切った例はめずらしいんじゃないか。

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7 Comments

  1. やんす Says:

    いいねえ多重投稿
    むしあつくて深夜番組でニューギニア作戦をみてしまった
    健康主義というか社会正義に反対するというのはどうなんだろう
    オレだったら精々が軍靴のまま泥沼の底でしょうか
    マラリアにも栄養失調にも倒れず蛆のわいた顔で帰還した兵士の言葉は何調だろう

  2. djack Says:

    不健康がいいと言ってるわけではないですよ。
    だけど健康や健全を理想として押し出してくるような社会は怖いです、
    ナチスドイツとか、軍国日本とか。

  3. 蘭スター Says:

    ご無沙汰いたしておりました。いえ、ときどき覗いてはいたのですが、どうも音楽・歌は大好きでも幅が狭くって、皆さまの話題に、口出ししようにもとっかかりがなかったのでございます。
    これから書くこともちょっとずれていると思うのですが、すみません。まだ学生時代のことですが、私はメジャーというのはずっと長調のことだ、マイナーというのは短調のこだと思っていましたので、メジャーリーグ、とか、マイナーな趣味だ、などということの意味が全然通じていませんでした(トホホ)。なぜメジャー(長調)が主流派という意味の言葉になったのでしょうか? それとも先に言葉があったのでしょうか?

  4. djack Says:

    蘭スターさん、ごぶさた。
    やはり言葉(概念)が先にあったのではないでしょうか。
    メジャーは主流でマイナーは傍流、メジャーは尊くてマイナーは卑しい
    みたいな意味があると思うのですが、そこに長調・短調から受ける気分が
    結びついたのでは。

  5. 蘭スター Says:

    djackさん
    ご回答ありがとうございます! そうですよね、何事も「言葉が先にある」んですよねー。

    何気なくヤフー?の教えてください、とかいうのを見ていたら
    もともと音階はラで始まったのらしい。ところがなんとかかんとか(かなり音楽の専門的な理論)で、
    ラからの音階には無理があって、そのうちにドから始まる調(長調)がそのころの曲を作るのに便利ということになって、こちらが主流になった(ものすごく強引なかいつまみ方!)、のだとか。
    この論によれば、先にあったものを超えたという強さ、というかたくましさ、あるいはずーずーしさというか、が長調にあったということにもなりそうです。

    園部三郎さんには「日本のこどものうた」という本(岩波新書?)があり、昔、むかし、卒論のテーマをここからもらいました。懐かしいお名前、djackさん、ありがとうございました。

  6. djack Says:

    おおー、叩いてもらうものだなあ。

    > もともと音階はラで始まったのらしい。ところがなんとかかんとか(かなり音楽の専門的な理論)で、
    > ラからの音階には無理があって、そのうちにドから始まる調(長調)がそのころの曲を作るのに便利という
    > ことになって、こちらが主流になった(ものすごく強引なかいつまみ方!)、のだとか。

    私も少し検索してみました。長調 (ハ長調=Cmaj) の音名が C から始まってるのは不自然、
    順序付けるなら A から始まるのが自然で、もともとは短調 (イ短調=Am) が基本だったのでは
    というような話がありました。面白そうなんで、さらに調べてみたい。

  7. やんす Says:

    東洋的な奥ゆかしいのが短調
    西洋的な理性的な旋律が長調
    だと単純に理解していました
    たとえば
    http://gagaku.blog.ocn.ne.jp/

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