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また YouTube ネタなんですが、プレスリーのラブ・ミー・テンダーを見てたら、身のこなしや目線のあり方が小林旭そっくり。歌い方は裕次郎そっくり。
>> Elvis Presley - Love Me Tender
もちろんプレスリーが先行してるわけで、アキラや裕次郎がプレスリーに影響されてるんですね。
上のビデオでは、プレスリーは細い襟のジャケットですが、エルヴィス・オン・ステージのころから、衣装の襟がやたら大きくなります。最近の小林旭が、やっぱりでかい襟を好んで着てるんですが、当時の刷り込みでしょうか。

2008-07-16 at 10:06
ったく、プレスリーの真似でしょうね。
とくに旭はコロッケのそっくり形態模写バリですねえ。
かつてジョン・レノンは、プレスリーが監獄ロックでデビューした時、
学校なんかではぜったい教えてくれない真実というもjのがここにある、って
即ドーナツ盤を買ってロックンロールに夢中になったといいますね。
それでかなりのワルとなって、クオリーメンというバンドでめちゃくちゃ歌ってた。
そこへポール・マッカートニーが聴きに来て、ギターってのはね、
こうやって弾くもんだみたいに、すごいテクを見せて、
それ以来、ジョンのポールへのコンプレックスが始まったとかとか。
あ、何を言いたかったかというと、プレスリーからの影響が
片や形態模写、片や音楽の真実ということ。
実際、例のウエスタン・カーニバルのロックンロールブーム以外、
プレスリーが音楽的に日本で継承されたものってなんだろうか。
2008-07-16 at 22:19
音楽的に継承してるかどうかは知りませんが、
深沢七郎のラブミー牧場はラブ・ミー・テンダー
(とララミー牧場)から取ったものでしょう。
《歌い手ではプレスリーが好きだ。
「プレスリーが出現したということはキリストが
再現したことと同じだと思います。」
と、今は亡くなってしまった正宗白鳥先生にも、
他の人にも申し上げたことがある。正宗先生もその人も、
ノーともイエスとも返事をしてくださらなかったけれど、
(…)私が言いたかったのは、プレスリーに我々は救われている
ということだ。(…)現代の私たちのように希望もない
虚無な生活には、プレスリーのような天才の歌を聞くことは、
何か、頭の中がリズムだけになって、これは釈尊の極意である
無我の境地になることができるのだ。》
釈尊、キリストと並べて、プレスリーですから、かなりの
入れ込みようです。以上、深沢の『深沢ギター教室』からでした。
長くなりますが、同書からもう一箇所。読み返していたら、
こんなくだりがありました。『風流夢譚』事件があって、
警察に護衛されていた時期のこと。
《北海道の苫小牧の街を歩いていたときのことだった。
夜の街にレコードが聞こえてきて、その歌は私を責めつける
ように響いてきたのである。その歌のギターの音も私の胸を
かきむしったのだ。久しぶりのギターの音で私の身体は痙攣を
起こしたのだ。それは楽しい痙攣ではないのだ。恐怖にふるえた
痙攣である。
夜がまた来る、思い出つれて
俺を泣かせに足音もなく……
恋に生きたら、楽しかろうが
どうせ死ぬまで、シトリシトリぼっちさ
この歌が聞こえてきて、私は突然ひとりぼっちになりたくなったのだ。
私を護ってくださる方々には申しわけないのだが、私は突然、
走り出したのだ。それは駅のほうで汽笛が鳴ったときだった。》
ちなみに、『深沢ギター教室』は私が買った何冊目かの
ギター教則本です。挫折の連続の、そのうちの一冊。
2008-07-17 at 09:36
おお懐かしの“ギタリスト作家”深沢七郎さんだ。
一時よく読みましたよ。ほんと、好きだったなあ。
旭の「さすらい」は僕も大好きで、学生時代に
仲間と飲み合うとよくがなって歌いあったものです。
なんかね、まだ何者にもなりえない、何になっていいかもわからない時代の
ちと自虐的なロマン……あの頃の心象風景にぴったしだった。
未だに、レパートリーが一向に増えないK山くんが、
カラオケでこれをオハコにしてうたってますが、
深沢さんについてもその頃よく話題にしていたので、
彼のこの痙攣からの影響もあったかもね。
ところでこの「さすらい」は、djackさんお得意の冠二郎「旅の終わりに」と
よく似ているので、ずっと後に初めて聴いたときは、
少し驚いたね、え、今頃こんな歌が……と。
「旅の終わりに」は時代のせいかかなり枯れていて、
「さすらい」より実は好きかも。
こういう“ロマン”はしかしこれが最後だね。
春にそむいて 世間にすねて
ひとり行くのも 男のこころ
誰にわかって ほしくはないが
なぜかさみしい 秋もある
2008-07-17 at 09:59
そうそう思い出した。
この「旅の終わりに」は、確かテレビのドラマで初めて聴いたんだった。
例の……
海を隔てて海峡がある
男と女を隔てて海峡がある
というナレーションがオープニングにあった「海峡物語」。このテーマソングだったんだよね。
芦田伸介と秋吉久美子。秋吉久美子はあの頃よかったなあ。
このドラマを思い出すと、なぜか内田吐夢の映画「飢餓海峡」と、
山口洋子の小説「演歌の虫」を思い出すのはなぜだろう。
2008-07-17 at 22:05
「海峡物語」、見てましたよ。
もう一つ、クールファイブの「二人の海峡」というのがあって、
こちらが主題歌ではなかったか。
雪の降る海峡を あなたは見ていた
たそがれの桟橋で わたしは泣いていた
愛を食べては生きてゆけないと
あなたは言うけど・・・
これも悪い曲ではなかったけど、「旅の終わりに」ほどの
インパクトはなかった。春眠さんも言うとおり「旅の・・・」
は名曲のレベルだからね。
> こういう“ロマン”はしかしこれが最後だね。
これはどうかな。むしろ復権してくるんじゃないかと
なかば希望的観測をしてるんだが。
バブル経済からこっち、人は明るくなくちゃいけない、
暗いのは罪悪、みたいな感じで日本の社会は来てたけど、
風向きが変わりはじめたんじゃないか。
不幸もあって、不運もあって、つらかったり、暗かったりもする
ということを認めたほうが、人も社会も楽になるのではないか。
明るいことが義務、みたいな考え方が、人を(とくに若い世代を)
息苦しくして来たのではないかと思う。それと、不運、不幸はある
と認めたほうが、芸能も深みを増すよ。
2008-07-17 at 23:36
> 最近の小林旭が、やっぱりでかい襟を好んで着てるんですが、当時の刷り込みでしょうか。
たぶんエルヴィス・オン・ステージのファッションとは違うかも。
この夏、ワイシャツ売り場に行って驚きました。襟(エリ)のボタンが二つも三つも
あるくらいの襟高のデザインがハヤリなのだそうです。
これならばクールビズでネクタイをしなくても様になるらしいです。
2008-07-18 at 09:23
> この夏、ワイシャツ売り場に行って驚きました。襟(エリ)のボタンが二つも三つも
> あるくらいの襟高のデザインがハヤリなのだそうです。
でしたか。少しはファッション動向とか、気を使わないとまずいなあ。
衣料品を見に行っても、楽に着られりゃいいや、というような選び方しか
してませんからね。
2008-07-18 at 22:25
> 少しはファッション動向とか、気を使わないとまずいなあ。
最近になって思うのですが、人と会うときとか、集まりに出るとき
何を着るかは、それは相手のために、また集まりの席に
ふさわしいものをと、できるだけ考えようとするようになりました。
手持ちがそれほどあるわけではなし、センスもないし、なかなか
思うようにはいきませんが・・・
若い人ならぼろぼろのジーンズでも似合ったりするのですが
歳を重ねてくると、むかしの言葉で言えばTPOを、ある程度は
きちんとした方がいいかもしれないとね。
2008-07-19 at 07:28
> 最近になって思うのですが、人と会うときとか、集まりに出るとき
> 何を着るかは、それは相手のために、また集まりの席に
> ふさわしいものをと、できるだけ考えようとするようになりました。
もともとだらしないのが、ますますどうでもよくなりつつある今日この頃です。
もう10年ぐらい、背広を着てないかも。20年近いかなあ。
そういえば、30年ぐらい前の背広、パンタロンなんですが、
捨てられずに残っていて、腹回りが凹んだら着てみようと思ってるんですが、
望みがかなう可能性は低い。
2008-07-19 at 20:36
アキラの歌が話題でしたね ^ ^;
これまでに一番歌ってきたアキラの歌は「昔の名前で出ています」かな。
1970年代の中頃、神田西口の神田外語学院の近くにエアラインという
居酒屋だかなんだか分からないカラオケのできる飲み屋があってそこに
しのぶちゃんというこがいて、この歌を競ってリクエストしていました。
そういえば林真理子が「RURIKO」という出しましたね。
まだ読んでいないのですが・・・
浅丘ルリ子なら当然、小林旭が出てくるはずだし
ルリ子と裕次郎とかアキラと美空ひばりのことも書いたんだろうね。
2008-07-19 at 23:21
小林旭と島倉千代子というのもありますよ。
島倉は旭が好きだったということで、夜の千鳥ケ淵あたりを
二人で歩いたことがあるそうです。
ベンチに腰をおろして、島倉が手編みのマフラーをわたすと、
旭が 「あ、そう」 という感じで受け取って、わきにポンと投げたとかで、
お千代ちゃんは、「この人は自分とは縁のない人だ」 と思ったそうです。
一方の旭によると、この夜、ライトを消したクルマが二人の脇を
ずっと並走していたと。 島倉のマネージャーか何かだったようです。
2008-07-20 at 10:38
小林旭と島倉千代子、そうでしたか、知りませんでしたが
いい話を聞かせてもらいました・・・
島倉千代子は不器用というか、運がないというか
そんなイメージをもっていますが
いろいろなことがあってよかったのかもしれないなぁと。
2008-07-20 at 12:09
旭と千代子の話は、
かの田勢康弘さん著の「島倉千代子という人生」にありましたね。
djackさんのクラブの先輩でもあるね。
2008-07-20 at 22:12
> かの田勢康弘さん著の「島倉千代子という人生」にありましたね。
そうでしたっけ?
テレビ番組で実際に旭と島倉が話すのを聞いた覚えがあるんですが。